電子書籍の行方 製作側編~2~

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 伝統メディアは、紙の新聞が売れない、広告が入らない、しかもそれを補うだけの収入がウェブからは得られない、などといった悩みを抱えている。これからは情報の流通をコントロールする「プラットフォーム企業」が新しい波である支配者になるだろう。その一つのジャンルが「電子書籍」だ。

 2009年、電子書籍の販売が08年の約3倍に急増し、電子書籍が注目されたが、それでも本全体の売り上げに対する割合はまだ5%以下とわずかな状態だ。
 しかし、ここまでくるまでには、いくつかの困難があった。第1世代は1990年前半。出版大手はフロッピーディスクを使った電子書籍を売り出した。まだ高価だったノートパソコンを肩に掛けて世界中を飛び回るビジネスマンを対象に、空港の本屋で売ったという。
 フロッピーディスクの次はCD。CDドライブがパソコンの標準装置になると確信し、積極的に取り組んだ。従来の文字や図、写真以外にも、音声や映像などの表現手段を活用することで、紙の本では経験できない「読書」を売り物にした。音響や動画には無縁の出版社にとって、金のかかるプロジェクトになった揚げ句、消費者は飛びつかなかった。
 そうして、98年に電子書籍の専用端末が登場し、インターネット経由の電子ブック配信が実現した。その後、大手出版社でデジタル化が始まったが、新刊だけ、既刊、あるいは新人の作品だけというように、電子化戦略は出版社によってまちまちだった。大半の読者はパソコンかPDF(個人情報端末)で電子ブックを読んだが、出版社側は電子書籍で儲けた会社は1社もなかった。それに追い討ちをかけたのが200年のITバブル崩壊である。

 電子書籍への注目は大きな波にさらされながらも、人気作家スティーブン・キングが00年に発表したネット小説(「Riding the Bullet」)は大きな話題になり、キングの成功は書籍のネット配信が足元まできたことを印象付けたが、電子書籍市場のインフラはまだまだで、バラバラなファイル規格や著作権などの難題が未解決のままであった。
 そして、地ならしに00年以降の数年が費やされ、同年に出版社、ソフトウエア会社(マイクロソフトなど)、パソコンメーカー(IBM、HPなど)32企業・団体が中心になって規格統一の懇談会が組織された。この団体は後に国際電子出版フォーラム(IDPF)へと発展し、07年には電子書籍フォーマット「ePUB」を開発・公表した。米出版社は、原則的にこのオープンフォーマットを採用している。

キンドルに、iPadに…新たな波が登場

 しかし、電子書籍への道は険しく、電子版の著作権は誰が所有するのか、といった問題が立ちはだかった。既刊書を多く抱える大手出版社にとって、この問いは頭痛の種で、米国は契約社会と言われる。しかし、どの社でも総出版点数さえ正確に把握していないほど記録管理が甘く、著作権問題が電子書籍の最大の難関にあった。
 そんな中、07年11月に通販最大手のアマゾンが売り出した電子書籍端末「キンドル」は、絶妙なタイミングで登場した。著作権とフォーマットの地ならしが進んだことで出版大手では電子書籍の点数が増え、市場開拓の態勢が整い始めていたからだ。その上、一般書新刊の電子版を、印刷版と同じように低下の半分で買い入れるというアマゾンのオファーは、断れないものだった。
 アマゾンが各出版社から仕入れた電子書籍は、キンドル発売時に約9万点にもなった。アマゾンの戦略は、赤字覚悟で電子書籍の市場を育てることで、電子ブックは「安い」というイメージを植えつけるために、新刊の一般書を9ドル99セント(約930円)という一律価格で売り出した。印刷版の価格帯はアメリカでは25~30ドルなので、アマゾンはその半値で電子版を仕入れ、1冊につき2.5ドルから5ドルの損を出しながら売ったというわけだ。
 このアマゾンの戦略は当たり、一方の出版社側は劣性になった。紙の読者が大量に電子版へと乗り換えることを恐れる出版社側は、アマゾンに電子版の値上げを要求。交渉が暗礁に乗り上げた頃、アップルが現れた。
 アップルは、先行するアマゾンに追いつくために出版社を味方にする必要があった。そこで、ランダムハウス以外の大手6社が要求していた条件を受け入れた。「代理店システム」と呼ばれる取り決めで、版元が電子書籍の小売価格(一般書新刊では12.99~14.99ドルの価格帯)を決め、代理店であるアップルの配分率は30%としている。
 アップルが現れ存在感を大きくしたことで、アマゾンは版元大手との間で代理店システムを採用し、キンドルストアで買える新刊書の電子版価格は値上げになった。

 そうして現在、アマゾンの販売する電子書籍は50万点にまで増え、アップルが約6万点という。ソニーと書店チェーンのバーンズ・アンド・ノーブルは、新刊を中心とした販売に加え、著作権切れの書籍を電子化しているグーグルと提携し、無料で提供している。
 電子書籍は、出版が資本や権威から初めて解放されるフラットな世界の可能性を秘めており、原稿さえあれば誰でもコストゼロで本を自由に出版できる仕組みが既に実現している。スマッシュワーズは08年5月、自主出版サービスを立ち上げたが、毎月のページビューは数百万にもなるという。現在までに5,000人の著者が、スマッシュワーズの支援ツールを使って1万点以上の電子書籍を出版。スマッシュワーズは書店と取次店も兼ねているので、ここで電子化した本がアップルやアマゾン(予定)でも入手できる。ちなみに、スマッシュワーズで出版する著者のほとんどは無名だが、上位数人の年間売り上げは数千ドルになるという。

電子書籍のヒットには

 The Association of American Publishers(AAP)の発表によると、09年の全米における電子書籍の売上高は1億6,950万ドルに達し、08年度比で176.6%と大幅に増えたという。アメリカで電子出版市場が成長した背景には、
①電子書籍や電子新聞の価格柔軟性が高い(紙媒体より安い)
②新刊も含め購入可能な書籍は多い
③大手新聞も参入している
④端末の技術向上で「読みやすく」「使いやすい」
⑤書店や新聞配達システムが整備されていない地域が多く、いつでも入手できるメリットが大きい
といったことがあげられる。それに、ビジネスモデルの観点では、アメリカでは出版社と著者が取り交わす出版契約書にデジタル化も含む「出版権に関する全ての権利」が明記されており、出版社・新聞社が著者の追加許諾を受けずにデジタル配信ビジネスを始められたことも、電子出版ビジネスが急速に進んだ要因となっている。
 さらに、アマゾンの例をあげると、キンドルは本体内に、携帯電話機に搭載されている3Gワイヤレス技術を採用しており、ユーザーはいつでもどこでも電子書籍や電子新聞を購入できる。しかも通信料は書籍・新聞の価格に含まれているので別途、通信会社との契約や料金支払いは不要。キンドルは日本を含むアメリカ国外でも利用でき、決済やコンテンツ管理はアマゾンのシステムと連携しており、1-Click購入をはじめ簡単な購入・コンテンツ管理が行える。
 アマゾンは、本を電子出版できる「Amazon Digital Text Platform」を利用して著者や出版社が70%を受け取れるオプションサービスも立ち上げた。これは
・出版種小売希望価格を2.99米ドル~9.99米ドルに設定しなければならない
・電子書籍の価格を神の書籍の価格より少なくとも20%低く設定しなければならない
・キンドルの一連の機能に対応しなければならない
などの条件がつく。

 書籍・新聞を紙から置き換えるという点ではキンドルやリーダーに優位性があるが、電子雑誌で新しい表現やビジネスに挑戦するならば、iPadの持つ柔軟性や拡張性は魅力である。
 そして、もう一つ。グーグルの存在を忘れてはいけない。グーグルは「グーグルエディション」により、出版社と契約した上で電子書籍を販売する。グーグルは「地球上のあらゆる情報を検索できるようにする」というミッションにのっとって、軋轢をものともせずに「紙の電子化」を進めており、いわばこの市場の開拓者である。
これまでも様々な情勢の中で、グーグルに嫌気した大手出版社がアマゾンへ擦り寄り、さらにアマゾンに不満を持った出版社がアップルに擦り寄った。そして、今度は当初の敵であったはずのグーグルにも擦り寄っていった。

「マネタイズ」が大きな課題

 電子出版で最も難しい課題がマネタイズ(収益化)である。これからの伸びが期待されるものの、まだ市場規模は小さく、新たなプラットフォーム向けの昨年度の売上は6億円。しかし、電子出版に積極的な出版社は、トライ・アンド・エラーの重要性を理解している。いち早くトライすることと、今のうちに失敗も重ねておくことでノウハウを蓄積し、いざ電子出版が本格化する時にアドバンテージを得たり、すぐに成果につなげたりすることを考えているのだ。マネタイズの枠組を作り出すことにも腐心しており、販売収入以外の収益源も含めて模索している。

 電子書籍市場は14年には09年度の2.5倍の市場に成長するという。その伸びのほとんどは、「新たなプラットフォーム向けの電子書籍」で、09年度の6億円から約600億円へと100倍の成長が試算されている。
 多くのベストセラー書籍が電子化したことで、米国の電子書籍市場は09年実績が1億6,950万ドル、全出版市場に占める比率は3.31%になっているという。これは決して大きくないが、前期比2.8倍という成長率だ。
 出版社は、自社の特性・強みに応じた電子出版への取り組みを探っている最中だ。

(つづく)

<参考資料>

・「試行錯誤の後にキンドル登場 「インディーズ」が静かなブーム」
石川 幸憲(在米ジャーナリスト)(エコノミスト 2010.6.1)
・「メディア覇権戦争 新聞・テレビ・出版×アップル・グーグル・アマゾン 新しい支配者は誰か?」
(東洋経済 2010.7.3)
・「米国で過熱する「電子出版」で雑誌にもチャンス到来」
(編集会議 広報会議2010年6月号別冊)
・「知性を知り強みを活かす 収益化に課題あり」
(編集会議)

<ピックアップ記事>

・「電子書籍がどこまで占めるか、が問題」/ニュースペース・コムの社長ブログ
・「何度目? 電子書籍元年」/蒼猿のコメント

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