女性を取り巻く環境は向上したのか(3)

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 女性の権利の問題は、世界中で存在する。
 ヒンディー語で『グラビギャング』(ピンク色のギャング団)と名乗る女性たちがいる。彼女たちは、「政治腐敗の一掃」「性の平等」などを掲げてデモ行進で訴える行動を起こした。現在、1万人を超えるピンクギャングの拠点は、インドのデリーの東にあるウッタルプラデシュ州バンダ県である。最も人口が多く貧困率が高い州の中でもバンダ県は特に貧しく、アディヴァシ(先住民族)が多いブンデルカンド地方にある。
 10年前、村々は、この間、干ばつなどの危機にさらされてきた。中でも最も深刻な打撃を受けるのは女性たちで、鬱屈した夫によるDV(配偶者や恋人からの暴力)は蔓延している。つい最近は、借金のカタに妻を売りとばす事件さえ相次いでいる。読み書きを学ぶ機会を最初から奪われている妻には、裁判所に訴えようにも、でっち上げの証文に反駁することすら難しい。また、インドのどこでもそうだが、アディヴァシ居住地は公共政策が軽んじられやすく、これに行政の腐敗がさらに輪をかける。

 他にも、エイズといった問題も女性に深刻な問題を与えている。
 世界のHIV(エイズウイルス)感染者のうち女性は半数を占め、エイズが猛威を振るうサハラ以南のアフリカでは60%にも達するという。その対策として、HIV感染を防止する膣ジェルの開発が進んでいる。このジェルはセックスの約1時間前に女性の膣に注入すると、精液から軟らかく固めてウイルスをブロックするというもの。臨床試験は3年以内に始まる予定だという。過去には類似のジェルで、臨床データが十分に集まらず開発が頓挫した例もある。
 男性の協力が必要なコンドームと違い、ジェルは女性が身を守る方法として最も期待が寄せられている。しかし、アフリカの現地の女性からは「使用感が不自然」だと男性に嫌がられるとの声が聞こえるということで、ハードルは下がるかもしれないが、こちらも男性の協力が必要にはなってくる。

人権は様々な横やりが入り、声が小さくなっていく

 このようなことから、女性の人権の問題は続いているが、広い意味での人権問題は昔も今も続いている。
 アメリカの価値観を広めることを使命と考えたウッドロー・ウィルソン大統領の流れをくんだジョン・F・ケネディや(広い意味で同じ流れの)クリントン大統領は、民主主義の価値観を国外に広めることが世界の安定につながると考えたものだ。しかし、ここにきて、大半の民主主義国では、市民の間でも世界の人権問題への関心がかなり薄れてきている。失業率が急増する中、人々の意識は国内に向かい、移民排斥や保護主義への誘惑に駆られている。
 それに、現在の指導者は現実主義の傾向が強い地味な人物が多い。ブラウン英元首相も鳩山首相も、インドのマンモハン・シン首相もこのタイプでカリスマ性が不足している。さらに、オバマ政権はビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュ両大統領の時代に比べ、人権問題でずっと物静かなアプローチを取っている。
 それは、オバマだけではない。ヨーロッパやアジアでも、多くの民主主義国が世界の人権問題に背を向け始めた。カナダを除く先進国は、どこもだんまりを決め込んでいるという状況だ。
 世界的な人権擁護の流れは変わり、リチャード・ニクソン米大統領とヘンリー・キッシンジャー米国務長官の時代以来、久々に現実主義が台頭し始めた。欧米では道徳的信念から民主主義を広めようとしたブッシュ政権の失敗と、世界金融危機をきっかけに強まった現実主義の影響が相まって、指導者は人権問題を前面に打ち出すことに憶病になった。
 経済が厳しい時期には、人権状況改善の努力は一連の『贅沢』と見なされるようになる。中国や石油資源に恵まれたカザフスタンのように、世界最悪レベルの人権抑圧国家だが世界経済を立て直すために協力が欠かせない国々の人権問題は、特にそうだ。

 世界中が好景気だった2000年代前半、当時のトニー・ブレア英首相はアフリカの人権状況改善を政府の優先課題にする余裕があった。だが後継者のゴードン・ブラウン首相は、自国の財政赤字問題への対応で手いっぱいだった。アメリカのオバマ政権も内政問題で難問を抱えているため、パートナーになり得る国との関係を悪化させたくない。ヒラリー・クリントン国務長官は就任最初の中国訪問でこう語った。「これらの(人権)問題に対するわが国の圧力が、世界的な経済危機を悪化させるものであってはならない」と。
 ピュー・リサーチセンターが昨年12月に発表した世論調査によると、アメリカ人の49%がアメリカは国際社会で「余計な口出しをすべきでなく」、他国の問題はその国に任せればいいと考えているという。これだけ多くの人が孤立主義的な意見を表明したのは、過去40年で初めてのことだという。

 しかし、政治の世界では、人権問題を軽視することがほとんど構造化されている。
 10年前なら、米国務省やイギリス、ドイツの外務省といった官僚組織で人権問題に力を入れる政策担当者は出世することができた。しかし、最近は欧米の民主主義国の多くで政治家が党派政治に走り、外交官の経歴を隅々までチェックするようになった。人権活動には大胆な発言や行動が必要で、物議を醸すことも少なくない。選挙で選ばれる政治家にしてみれば、「厄介な」外交官は出世させたくないだろう。

価値観を変える勢力が

 こうした流れの中でパワーバランスの影響も出ている。90年の国際舞台では、民主主義国が主役だった。しかし、今やロシアや中国などの独裁国家は、経済的成功を餌に本来なら人権活動を主導するはずの中産階級を取り込めることを知っている。
 中国政府は大学教授などオピニオンリーダーの給料を引き上げ、企業家にも共産党員になる門戸を開くなど、政権の繁栄が中産階級の豊さにもつながるよう仕向けている。この戦略はうまくいっているようだ。ピュー・リサーチセンターの調査で自分の国に満足していると答えた中国人の割合は、ほぼ全ての国を上回ったという。
 中国はこのやり方を輸出することにも成功しているという。より緩やかな独裁政権も、中国からの援助が増えているおかげで人権に関する欧米の圧力を無視しやすくなった。
 さらに、中国とロシアは、人権の概念を大きくねじ曲げ始めている。人権団体フリーダム・ハウスによると、07年の中国共産党第17回全国代表大会で胡錦濤国家主席は『民主』という言葉を約60回使った。中国自身がどのような意味で民主主義を名乗るのかは、説明せずにだ。しかも、中国には外国から毎年最大1万5000人の公務員が研修に来るという。その多くは法律の専門家や地方自治体の幹部で、中国が政治の真の意味では自由化せずに経済を開放してきたやり方を学ぶという。
 また、ロシア政府は中央アジアと西アジアのカフカス地方で、欧米の人権団体や民主主義支援団体に似たグループの活動を支援している。しかし彼らが実際に広めているのは、ウラジーミル・プーチン首相の『管理された民主主義』で、薄っぺらの社会的自由しかない事実上の独裁体制だ。

パワーバランスにより、人権は大きく影響される

 こうしたことから、90年代や00年代前半に比べ、人権問題が国際的な注目を集めにくくなった背景には、世界的なパワーバランスの変化があるのかもしれない。かつて指導者やハイテク業界は、テクノロジーの進歩は圧政的な政府よりも人権活動家に味方すると主張していた。確かにツイッターやフェースブックは、イランの反体制派が国内の状況を世界中に知らせる役に立ったが、圧政的な政府の側はインターネットを監視し、情報を遮断する方法を考え出した。
 中国国内のネットを世界から隔離する検閲システムは、あまりに巨大すぎるため、多数の中国人ユーザーは実際にどれぐらいの情報が閲覧を制限されているか見当もつかない。サウジアラビアやベトナムなどは中国人のネット専門家を雇い入れ、自前の検閲システムを構築するノウハウを手に入れようとしている。

 反体制活動家にとってこの1年は過去数十年間で特に過酷な時期となっている。フリーダム・ハウスが1月に発表した最新の『世界の自由度』によると、政治的自由と市民的自由は世界的に衰退しているという。調査を始めてから約40年で最長の落ち込みである。
 その原因は、弾圧的な政府による締め付けが厳しくなっていることと、それに対して主要な民主主義国が声を上げて非難する意思を失いつつあることのようだ。
 状況は厳しくなるばかりで、世界的な景気後退で、特に主要な民主主義国は長い低成長時代に入るかもしれない。今の中国が民主主義を妨害できるなら、世界最大の経済大国になった暁には、影響力はどこまで大きくなるのだろう。

 このようなことから、女性の人権問題が深刻な中、大きな枠である『人権』自体の問題が深刻になりつつある。
 ようやく、人権、差別問題が進もうとした矢先、経済や戦争、テロといった大きな地震が起き、ブレーキがかかってしまった。

<参考資料>
・「ピンクギャングの闘士たち」
境分 万純(DAYS JAPAN 2010.1)
・「男に頼らずに済む感染防止ジェル」
(Newsweek 2009.9.2)
・「人権問題に超氷河期がやって来た」
ジョシュア・カーランジック(米外交評議会研究員/Newsweek 2010.3.3)

参考記事
・「2304 HIV感染と女性の地位向上」/ビギナーズ鎌倉

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