イラク、アフガニスタン問題(2)

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 イラクでは、1か月に2000回以上の爆破テロが起きているという。イラクに派遣された米兵の約半分が、またアフガニスタンでは約3分の2がIEDによって死亡している。イラクやアフガンの治安の状況は深刻なもので、これらのテロによる被害状況は、イラク、アフガンに派遣している各国でも問題になっている。
 昨年、アフガンで起きた爆破テロの数は8150回(2003年は81回だった)。これらの脅威は、解除作業中の死亡率は非常に高いため、現場では過剰な緊張に耐え切れずに嘔吐する兵士がよく見られるということから、脅威の深刻さがわかるだろう。
 IEDなどによる爆破テロ対策をとり、さらにその対策を日々練っているわけだが、すぐれた探知法を生み出すと、武装勢力側はそれをかい潜る爆発物を作ってくる。つまり、いたちごっこである。

米軍への協力のリスク

 イラクやアフガンの人々の生活を安定させようとしているアメリカ率いる多国籍軍。いかに現地の人々に理解をしてもらえるか、米軍も日々、格闘している。しかし、そこにも落とし穴がある。つまり、米軍への協力をすることが大きなリスクにもなっているわけだ。
 2003年、米国防総省はイラクでの従軍通訳の手配をサンディエゴにあるタイタン社に発注した。タイタン社が雇用した通訳は、そのほとんどがイラク人であり、年間1万2000ドル(約108万円)の待遇で雇われ、『米軍の声』となった。しかし、その反面、彼らはイラク国民から『売国奴』と罵られ、拷問を受けて殺害されるリスクがあったのだ。
 さらに通訳の仕事はリスクが高まった。戦場で何かあった場合の保障は国防総省と企業との間で契約時に決められていたのだが、いざ受給資格が生じると、様々な圧力によって保障が減額されたり、支払われなかったりする事件が起きた。例えば、イラク人通訳が通勤途中に負傷した場合、テロリストに標的にされたことと、通勤途中だったことを証明する書類の提出が求められる。そして書類が揃わなければ、保障は一切支払われないといった具合だ。
 これらのことから、通訳の問題は非常に厳しい状況になっている。同社は8000人を超える通訳を派遣したが、そのうち360人以上が死亡、約1200人が負傷した。その数はイラクに派遣された同盟軍の犠牲を上回っているという。

 イラクの治安状況の悪さを物語る上で、日本も他人事ではない。
 昨年、イラクのアル・シャルキーヤTV(5月14日)は「イラク治安当局筋によると、イラク西部アンバール県訪問中の駐イラク日本大使を狙った攻撃があった」と報じた。ラマディ総合病院訪問中に同大使を警護していた米軍に対し、武装集団が発砲し、ボディーガードが撃たれ1人が死亡した。
 ラマディ総合病院で取材した現地記者のアリ・マシュハダニ氏の証言によると、事件の時、その一部始終を見ていた同病院の職員ムハンマド・アハムド・ハマド氏はアリ記者に対し、「小川日本大使はアメリカの軍用車の警護のもとにラマディ病院を訪れた。警護の軍用車両は数台。大使が車を降りて、歩いて病院の中に入った後、外で警戒に当たっていた米軍に対してイラクの武装勢力が発砲し、米兵1人が死亡した。米兵は外見上ヒスパニック系のように見えた。武器はカラシニコフ銃より大きな火器のようだった。この衝突で犠牲者は1人だけだった。大使は病院の敷地から外に止まっていた米軍用車両に乗せられて、ラマディの米軍基地に避難した」と述べた。そして、大使はその後、米軍のヘリコプターでバクダッドへ送られた模様だという。一方、攻撃を受けた米軍は、同大使の移送を優先して、抵抗勢力に対する応戦はしなかったという。
 この事件に、日本外務省の担当者は、小川大使の銃撃事件について、「大使は5月13日ラマディ総合病院にODAの視察に行きました。そういう(銃撃事件の)情報が流されていることは存じていますが、銃撃されたという事実はありません」と全面否定した。しかし、NHKニュースでは駐イラク小川正二大使がアンバール県ファルージャを訪問したとレポートしていた。さらにアンバール県庁を訪れ、州知事と会見し、テロを生む原因になっている失業問題について話し合ったと伝えている。しかし、県知事の会見は県都のラマディで行われたはずなのにラマディという市の名前は伏せられていたという。

ラマディの例・現状

 そのラマディであるが、バクダッドの西100キロに位置し、ユーフラテス川が蛇行する中洲に発達した街である。住民にはスンニ派の人々が多く、モスクがたくさんあり、朝と夕、お祈りを呼びかけるアザーンが街中に響き渡る美しい街である。ここに、2003年4月、米軍はこの街に無血入城した。
 スンニ派三角地帯、最激戦地、アルカイダの巣窟とされたラマディは03年以降、米軍による大量殺戮が繰り返された悲劇の地である。
 ラマディ市に対して米軍は何度も、市内数か所を占拠し、インクの滴が周辺にしみ込むように占領地を広げていく『インクスポット』と呼ばれる作戦を展開した。市内の高い建物には米兵や傭兵の狙撃手が陣取り、市民を狙い撃ちしたという。「動く動物なら何にでも発砲した」と言われている。
 遮蔽物を無くすために周辺の住宅はブルドーザーで取り壊され、住宅を失った多くの市民はラマディ郊外に難民となって逃れた。米軍の包囲下で殺された人々は、市外の墓地に搬送できず、やむを得ず町中にある広場が埋葬場所とされ、ラマディ市には、このような集団墓地があちこちにある。
 ラマディの悲惨な状況、米軍へのイメージが悪くなる原因がここにあるだろう。

 4月下旬、ラマディの治安は劇的に改善されていた。
 部族を中心に結成された覚醒評議会と米軍との合意が成立し、
・米軍の市内から撤退
・掃討作戦の中止
・市民の不当逮捕の禁止
・覚醒評議会に警察権を委譲する
という合意が成立したからである。覚醒評議会は部族の伝統的な情報網を駆使して、たちどころに市内の治安を回復していったという。
 これは現地の治安対策が成果を上げたということだ。

難民問題が

 しかし、それでも、イラクの問題は深刻である。
 不安定な治安情勢が続くイラクから逃れ、国外で暮らすイラク人難民は200万人近いという。その多くは隣国シリアに滞在しているといい、03年のイラク戦争を機にシリアへ渡り、厳しい生活を強いられている人もいる。
 しかも、イラク難民の実数はわからない。シリア政府は「約100万人」と推定しているが、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、登録難民は約21万7000人で、うち約75%がダマスカス周辺に住む。国連広報担当官は「経済的苦境にある家族は多い。生活費を稼ぐため学校に行けない子供や、若年で結婚する少女もいる」と話す。

 イラクの治安状況は全体的に改善したとされるが、バグダッドや北部を中心にテロは続き、宗派や民族間の政治的対立が暴力に発展する懸念は残っているのが現状だ。

<参考資料>
・「『ハート・ロッカー』より危険な爆発物処理班の現実」
ウィークエンド・オーストラリアン・マガジン(オーストラリア/COURRiER Japon 2010.5-6)
・「戦場で負傷しても使い捨て…イラク人通訳の悲哀」
アル・ハヤト(UK/COURRiER Japon 2010.3)
・「イラク 日本大使一行襲撃」
森住 卓(DAYS JAPAN 2009.7)
・「帰国したいが不安も イラク難民 シリアに100万人」
和田 浩明(ダマスカス/毎日新聞 2009年12月10日(木)

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