核兵器体制の行方(下)

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 核兵器体制の見直しが動き出そうとしている。
 アメリカとロシアが核兵器削減に向けて、話し合い、そして、削減を進めようとしているのだ。これまで核兵器に怯えてきた人類が、その恐怖から解放される日がやってくるのだろうか。

 しかし、核の削減の流れに冷や水をさす見方がある。
 「核兵器が世界を危険なものにしているとは限らない」というのだ。つまり、核兵器は世界をより安全な場所にしている可能性があり、今ではそう示唆する研究が増えているという。
 核兵器が平和に役立つという説は、2つの経験則に基づいている。
・核兵器は1945年以降、1度も使用されていないこと
・核兵器を保有する国々の間では、核戦争どころか通常の戦争も起きたことがないということ
 これは、20世紀が血まみれの世紀だったことを考えると、驚異的な事実であるだろう。

 世界は広島以来65年間、(核を保有してきた)経験がある。これほどの長期間、核保有国同士の戦争が1度もなかったというのは歴史的にも異例中の異例である。
 この背景には、核兵器の脅威の衝撃度がはかりし得ないことがある。例えば、戦争から紐解いてみる。国家の指導者が戦争を始めるのは、その代償がほぼ間違いなく許容可能な範囲にとどまると判断できた場合だけだ。核兵器は戦争の代償を許容不可能なレベルに引き上げたわけだ。2つの国がボタン1つで相手を灰にする能力を持っている状況では、どちらにも勝つ見込みはない。どんなに無謀な独裁者も、戦争は割に合わないと判断せざるを得ない。それは勝てない上に、全てを失うかもしれないのに、戦争などできるはずがないというわけだ。
 実際、冷戦時代に超大国の核武装を支えた2つの理論―核抑止力と相互確証破壊(MAD)は『核による平和』を生み出した。第二次大戦後、世界の主要国が異例の長期間にわたり、衝突を回避してきたのはそのためだ。62年10月の13日間、アメリカとソ連は互いに相手を破滅させると脅しあったが、戦争になれば最悪の相打ちに終わると悟ると、両国ともぎりぎりの瀬戸際で身を引いた。

 このようなことから、核兵器による平和は有効だとする説が出ているわけだが、これに対して、『核悲観主義者』は、過去にこのパターンが有効だったとしても、将来も有効だと考えるのは危険だと主張する。なぜなら、今、核を欲しがっているのは極めて不安定な国々であり、こうした国家の指導者が核武装した時の判断力を信頼するのは愚かであろうというものだ。
 それに、イランや北朝鮮を抑え込めたとしても、テロリストに核兵器が流出する恐れがある。しかし、詳しく検証すると、大量破壊兵器がテロリストに渡る危険性は誇張されている部分もあるようだ。
 イランが核兵器の製造に成功しても、彼らが自分たちの体制存続に不可欠な『宝物』を(レバノンのシーア派組織)ヒズボラのようなグループに渡すとは考えにくい。ましてイランと共通の利害がないアルカイダなどに渡すはずがないというわけだ。

 しかし、深刻な脅威は、核保有国の北朝鮮やパキスタンが崩壊して、核兵器が管理不能になる事態である。
 これについても、可能性は厳しいものになるかもしれない。核兵器がテロリストに使われる危険性を指摘する見方について、核兵器のシステムを実際に動かすのは簡単ではないということがあげられる。しかも、定期的な保守点検が必要で、すぐに動作不能になるからだ。
 他にも理由もある。中国が初の核実験に成功したのは64年だが、その2年後に文化大革命が勃発した。大混乱に陥った中国では、ほとんどの政府機関が脅威にさらされたが、核関連施設だけは無事だったことだ。
 91年にソ連が崩壊した際も、アメリカの支援もあって核兵器の安全はおおむね守られた。しかも近年のロシアは年20~30%のペースで国防費を大幅に増やし、その一部を核貯蔵庫の近代化と防御に充てている。
 パキスタン政府も、国内が大混乱に陥った場合を想定して、様々な予防措置を策定済みだという。過激派が核ミサイルを発射させる事態を防ぐために、操作が難しい発射装置を導入したり、核関連施設への侵入防止のために職員への特別訓練や身元審査も行っているという。

核管理に深刻な衝撃をもたらした事件

 しかし、こんな深刻な問題も出てきている。
 今年1月31日、米軍の核兵器が配備されているとされるベルギー北部の同国空軍クライネ・ブローゲル基地に反核活動家が侵入した事件が起こった。
 これはベルギーの反核団体『平和行動』のメンバー数人が起こした事件で、一行は、米軍の核兵器が地下に保管されているとみられる格納庫まで達したという。基地の兵士に見つかり、身柄を拘束されたのは侵入から1時間半後だったという。カメラと携帯電話は押収されたが、活動家の一人が格納庫などの映像を収めた記録媒体の持ち出しに成功したというのだ。
 米科学者連盟(FAS)によると、クライネ・ブローゲル基地には推定10~20発の米軍のB61核爆弾が配備されているという。
 核体制の問題は、核の管理体制の問題からも、深刻な問題となっている。

 核兵器による脅威は他にもある。
 イランが核武装した後、他のペルシャ湾岸諸国が続々と核兵器の製造に乗り出す核拡散のシナリオも考えられる。しかし、戦後65年間、核保有国は最も多かった時で12カ国。今は北朝鮮を入れても9カ国、つまり、核の拡散が進んでいるとはいえないというわけだ。
 ある国が核を手に入れようとすれば大騒ぎになり、莫大な費用もかかる。それでも入手しようとするのは、体制の存続には核兵器はどうしても必要だと考える国だけだ。90年代前半、南アフリカやウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンは核兵器を自発的に放棄した。ブラジルやアルゼンチンは開発を初期段階で断念した。
 ただし、それでもイランが核兵器の製造に成功すれば、エジプトやサウジアラビアなど一部の近隣諸国が後に続こうとする危険性はあるだろう。

 核の拡散問題はも日本に大きな脅威を与えている。
 北朝鮮は昨年5月22日、2回目となる核実験で、兵器級の核爆弾起爆装置を完成させたことが明らかになった。北朝鮮の脅威が大きくなる以上、周辺国への影響も大きい。その結果、日本の今後の行動に注目が集まっている。
 もし、北朝鮮が日本に戦争をしかけたり、核攻撃をするとすれば、それはもう自国が潰れる寸前になるときであるだろう。そうなると日本の防衛が深刻になるため、防衛の手段として、自衛戦争や核武装という手段がとられるのではと、世界から注目される。
 つまり、平和主義の日本が核武装し、核開発競争を引き起こすという懸念だ。北朝鮮の核実験後、アメリカのヒラリー・クリントン国務長官は、遠回しにこのシナリオに言及。さらに、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官は、もし中国が北朝鮮を抑えなければ『韓国と日本が核兵器を保有する事態』を覚悟すべきだと警告した。

日本の核武装の大きなデメリット

 しかし、日本の核武装論には大きな壁が立ちはだかっている。核武装論を主張する保守派の論客もいるが、具体的な論として展開した人はいない。それに、日本が核武装を検討しようにも、まず世論の壁がある。北朝鮮の脅威や中国の軍事的台頭にもかかわらず、過去3年間に日本で実施された世論調査では、核保有に賛成する意見は20%に満たない。
 また、日本にはそもそも核実験を行う場所がない。確かに日本は原子力発電用に大量のプルトニウムを蓄えているが、プルトニウム型兵器の開発には起爆実験が欠かせない。人口が密集する日本にそんな場所はない、という見方が大勢だ。

それに、日本の核武装はメリットよりも、デメリットの方が大きい。
 核保有を進めるにはまず核拡散防止条約(NPT)から離脱しなければならない。世界で唯一の被爆国がNPTから脱退すれば、世界の核不拡散体制の崩壊の引き金となる上、日本の安全保障体制の根幹を成す日米関係への大打撃も免れないだろう。
 さらに、日本経済やエネルギー供給への悪影響も計り知れない。カナダやオーストラリアなどから輸入している核燃料は平和利用が条件であるため、日本がNPTから離脱すれば供給は確実にストップするだろう。電力の3分の1を原子力発電に依存している日本にとっては、まさに悪夢のシナリオだろう。つまり、日本人の生活に大きく関わってくるわけだ。

 これらのことから、現在の日本の政治環境で核保有論が浮上する可能性は低いとみられる。核武装論や核議論に言及してきた政治家は、この1~2年で著しく影響力を失った。
 核を保有していない大国は日本くらいだが、日本政府は声高に非核3原則の堅持をアピールしている。ただし、近年、有力議員らが非核政策に疑問を投げ掛ける発言をしてきたのも事実であるが。

 核兵器体制で懸念されるのは、ロシアと中国の行動だ。通常兵器で圧倒的に優位なアメリカと対等な立場を手に入れるには、核兵器が一番有効だからだ。
 たとえロシアと中国、それにフランス、イギリス、イスラエル、インド、パキスタンを説得できたとしても、元核保有国のどこかがこっそりと短期間で再核武装することへの恐怖は消えない。
 国家が核武装を望むのは、自国の存続に危機感を抱くからだ。
 『核による平和』の理論は、物騒な取引の上に成り立っている。核戦争という最大の悪夢が起きる小さな可能性を受け入れることで、ややましな悪夢―通常兵器の戦争を防ぐ可能性を飛躍的に高めるという取引だ。

『核鑑識』という手段

 それでは、『核のある世界』をより安全なものにするにはどうしたらよいのだろうか。そのためにはいくつかの措置が必要になる。
 核抑止力は、どの国が核を保有しているか、つまり攻撃してはならないかを世界中が知っていなければ機能しない。だからアメリカは、各国の核保有状況をできるだけ世界中に知らせ、危険な先制核攻撃の誘惑に駆られる国が出てこないようにする必要がある。
 そこで、『核の鑑識学』(ハーバード大学のグレアム・アリソン教授が提唱)が有効である。これは、誰がどこで核兵器を使っても、それを追跡して製造者や流出元を特定できるようにするもので、これによってならず者国家に圧力をかけ、核をテロリストに売るのを回避することができる。そして、全ての核保有国に『残存可能戦力による第2撃オプション』―つまり、先制核攻撃を受けたら確実に反撃できる能力を持たせることだという。
 各国の核兵器を安全に管理できるように支援し、さらに新しい核保有国が登場した場合、同じ技術や訓練を提供する準備をしておく必要がある。

 この核鑑識体制が動き出している。米ワシントンで4月12、13日、『核安全保障サミット』が開催され、参加した47カ国が核物質の管理体制強化を誓った。
 アメリカのオバマ大統領は「アルカイダのような国際テロ組織が核兵器の入手をもくろんでいると知り」ながら、「管理の甘い核物質が世界中にたくさんある」。各国は核物質を「厳重に保管」すべきだと言う。
 核兵器がテロリストに流出しないようにするには、冷戦時の相互確証破壊(MAD)に取った代わる抑止力が必要だ。MADでは、報復攻撃への恐怖が核ミサイルの発射を思いとどまらせた。
 核物質の出所がばれてしまえば、テロリストに核を渡した(盗まれた)国は報復の対象となるため、その恐怖から核の管理が厳重になり、テロリストは「核の供給源」を失うからだ。そこで、MADの後継として必要となるのが核鑑識や属性鑑定である。化学物質や同位体の属性を分析することによって核物質の製造元を特定する技術で、実現すれば「核関連施設でずさんな管理が行われることはなくなる可能性は高い。

 近年、核鑑識が目覚しい進歩を遂げている。核物質の原子や化学的性質は爆発後も変化せず、製造元、製造過程、輸送経路を追跡する重要な手がかりになるという。
 ウランは処理施設によって特異性を有するため、同位体の構成を調べれば、兵器級プルトニウムを製造するのに使われた原子炉を特定できる。ウラン酸化物の粉末に含まれる、大きさの異なる微粒子の断片から、どのウラン転換プロセスを使ったかや転換施設が分かる。酸素の重さは地域によって変動するため、ウラン酸化物を原料とする核燃料ペレットの製造場所が特定できるというわけだ。
 さらに、花粉と胞子から核兵器が運ばれた経路が分かる可能性もある(ただし、核兵器が爆発してしまえば花粉や胞子が燃えて分析の役に立たないので、核兵器が途中で横取りされたり使用を阻止されるなど爆発前である場合に限る)。
 しかし、今の技術では製造元を100%特定することは不可能かもしれない。そのため、製造元を明らかにする物質の新たな特性を見つける必要がある。

 何よりも、核物質のサンプルを十分に集めることが先決である。世界中の各関連施設で使われるウランやプルトニウムの同位体比や分子構造、エルビウムや鉄などの痕跡不純物の情報をデータベース化したものがあれば、「爆発後」の破片を分析して製造元を創り出せるというわけだ。
 アメリカとイギリスとフランスは、この核物質データベースの必要性で意見が一致しており、中国も公式にではないが協力に前向きな姿勢を見せているという。

 ただし、動き出しているとはいうものの、状況は厳しいのが現実だ。核安全保障サミットでは「国ごと」のデータベースの必要性は協調されたが、データの多くが商用で営業秘密とされるため、ロシアや他のヨーロッパ諸国が渋っていることから、世界規模でのデータベースの整備には程遠い。
 それに、アメリカの状況も。アメリカが核の属性鑑定分野で他国より先んじているわけではない。08年の全米物理学会とAAASによる調査によれば、アメリカの属性鑑定の専門家は50人ほどと非常に少なく、その多くが引退間近だという。
 さらにこの調査は、今後10年間に最低限必要とされる35人の専門家を養成するプログラムが「充実していないし、資金も不足している」と警告。爆発後の破片を分析する設備は日本やフランスなどで「広く普及している最新鋭の設備」に及ばないというのだ。

 核戦力を減らす努力をしていかなければならないのは否定できない事実であるだろう。核兵器関連の維持・管理費は膨大で、ある試算では、08年は少なくとも520億ドル(約5兆円)にのぼったという。

核軍縮への経緯

 アメリカとロシアは昨年の核軍縮合意で、戦略核弾頭数をそれぞれ1500発程度まで、その後はゼロになるまで削減する目標で一致した。英仏も核軍縮に積極的だ。
 このゼロサム・ゲームはレーガン時代にソ連のリーダー、ゴルバチョフが提案したが、アメリカはまともな反応を見せなかった。1963年、ケネディー大統領はソ連、イギリスと部分的核実験禁止条約(PTBT)を結んだ。地下を除く核実験を禁止する条約である。しかし当時の核保有5か国のうち、開発上の後れをとっていたフランスと中国は不参加となった。
 結局、地下核実験はその後も繰り返し行われ、大国の核開発は続いた。1996年にあらゆる核実験を禁止する包括的核実験禁止条約(CTBT)が国連で採択された。しかし、発効要件国44か国すべての批准が必要であるにもかかわらず、アメリカ、中国、インドネシア、エジプト、イラン、イスラエルの6か国が未批准であり、北朝鮮、インド、パキスタン、の3か国にいたっては署名すらしていない。
 未批准・未署名国を見ればわかるが、そのほとんどが核開発の後発国である。PTBTと同様、後発国にとってみれば、こうした条約は先進国の優位を保証する参入障壁でしかない。核廃絶を目指すオバマのアメリカがいまだ批准できていないのは、議会の強力な反対があるからだ。

 それでも核軍縮を急がなければならないのは、『新たな敵』テロリズムの台頭のためだ。東西冷戦時代は、核の2大国が角逐し、核抑止力が互いを制御していた。これがケネディの言う『Balance of Terror』(恐怖の均衡)である。しかし、冷戦構造が終焉し、国家対国家の戦争よりも、国家対テロリストの戦いにシフトしたこの21世紀には、恐怖の均衡は成立しない。テロ組織は国家ほどの大きな集団ではなく、領土を持たず、自爆テロに象徴されるように構成員を守るという考えがないため核抑止力が通用しない。そんなテロリストたちの手に核兵器が渡れば、どんな結果が起こるかは火を見るより明らかである。

<参考資料>
・「核兵器廃絶は世界の平和を崩壊させる」
ジョナサン・テッパーマン(国際版副編集長/Newsweek 2009.9.30)
・「核鑑識という抑止力の未来」
シャロン・ベグリー(サイエンス担当/Newsweek 2010.4.28)
・「[北朝鮮核ミサイル撃退]に秘策あり!」
(SPA! 2009.6.16)
・「的外れで根拠なき核保有シナリオ」
横田 孝(本誌記者/Newsweek 2009.6.24)
・「新世界大戦の時代 オバマの「広島献花」は胡錦濤の「靖国参拝」より難しい」
落合 信彦(SAPIO 2009.11.11)
・「核兵器ずさん管理 ベルギー空軍 基地に活動家侵入」
福島 良典(ブリュッセル/毎日新聞 2010年2月6日(土))

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