核兵器体制の行方(上)

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 核兵器の問題がついに動き出そうとしている。1945年、8月6日、日本の広島に原子爆弾が投下された。それは全世界を震撼させたほどの衝撃をもたらす威力だったが、現在では核兵器の能力は何倍にも大きくなっている。それ以来、核兵器の存在意義が議論されてきた。
 核兵器をどうするか、これについて、様々な意見が飛び交ってきた。そして、流れは核兵器の削減に流れ始めたようだ。

 4月6日、アメリカの国防総省が、アメリカの核戦略の指針となる報告書『核体制の見直し(NPR)』を発表した。このNPRに多くの国々、識者が注目していた。オバマ米大統領は6日朝の公式声明で、「アメリカの安全保障戦略における核兵器の役割を小さくする」ための「明確で具体的な措置」と説明した。
 このNPR、果たしてどのぐらい影響力があるのだろうか。

 ジョージ・W・ブッシュ前大統領は在任中、レーガン政権時代に漠然とした形で提案されていた概念を肉付けして、核戦略のルールを作り替えようとした。それは核も兵器の一種に過ぎず、核戦争に勝つことは可能だというものだ。そして、02年のNPRは、この考えを表明するための手段だった。ブッシュと当時の国防総省は、『核のタブー』を破壊し、その考えを補強するために、新世代の低出力兵器や核弾頭付きバンカーバスター(地中貫通爆弾)の開発を打ち出した。つまり、核を使用可能な、使い勝手のいい兵器に変えていくためだ。
 しかし、なかなかうまくいかない。ブッシュは毎年この手の計画に予算を付けようとしたが、共和党が上下両院の多数派を占めていたにもかかわらず、議会の手につぶされたり、予算額を大幅に削られた。
 ブッシュの02年にまとめられた前回のNPRは、核の傘を広げようとするものだったが、NPRへの風当たりは厳しいのが現実である。

 しかし、核体制への見直しは今後も注目されるだろう。
 その大きな役割を担うのが、アメリカとロシアの戦略兵器削減条約(START)である。核兵器削減を進めたSTART1。そして、今、その後継条約が進められようとしている。
 昨年7月、オバマとロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領が署名した文書により、両国は『戦略核兵器の運搬手段(長距離核ミサイルと戦略爆撃機)』を1600から800に、さらに、『配備済みの核爆弾と核弾頭』を2200から1500に削減するとみられる。これは核兵器削減への前進となるが、果たしてNPRがこの数字をそのまま踏襲するか、それともさらに大胆な削減に踏み込むか、が注目されている。ただ、その壁になるのが、条約の批准には上院で3分の2以上の賛成が必要だということだ。

『先制使用』か『先制不使用』か、『唯一の』役割か『主要な』役割か

 NPRで大きな議論をかもしだしたテーマが、核兵器の『先制不使用』を宣言するかどうかということだ。それに関連して、他国による核攻撃による抑止を『唯一の』役割とするか、『主要な』役割とするかということも議論になった。
 もし前者なら、オバマはアメリカと同盟国に対する核攻撃への報復を除き、核兵器を使用もしくは使用の威嚇は行わないと宣言することになる。つまり、核の『先制不使用』政策へのシグナルとなる。それに対して、後者なら、生物・化学兵器を使った攻撃や通常兵器による同盟国への大規模な侵略など、核攻撃以外の場合でも核兵器を使用する可能性を残すことになるわけだ。要するに、これまでと同様に核の先制使用の権利を留保するということだ。

 このテーマに関して、これまではどうだったのだろうか。
 冷戦時代のアメリカは一貫して核の『先制使用』政策を取り続けてきた。アイゼンハワー政権が打ち出した『圧倒的な報復』政策とは、もしソ連が西ヨーロッパに侵攻した場合、たとえ核兵器が使われなくても、アメリカは大規模な核攻撃で報復するという意味である。この政策は戦略空軍司令部の核戦争遂行プランにも反映されている。
 その後、ケネディ政権はヨーロッパで通常戦力の増強に取り組んだ。いざ戦争となった時に『降伏か核攻撃による大虐殺か』の選択に直面する事態を避けるためだったが、ケネディもそれ以降のどの政権も、核の先制使用の選択肢を放棄したことはなかった。

 これに関しては、核兵器による抑止という効果が重要な位置を占めていた。つまり、核戦争による破滅のリスクは侵略を抑止する効果があったためだ。
 しかし、現在では先制使用政策のデメリットも増大している。むしろ、一部の国の核武装を煽っているといえなくもないのだ。これらの国がアメリカの重要な同盟国と戦争になった時、核兵器を持っていればアメリカの核攻撃を抑止できる可能性があるからだ。
 それでは、先制不使用に傾くかというとそうもいかない。この政策の背後には、もはや核兵器をまともな軍事的手段とは見なさないという考え方がある。核の先制不使用とは、原爆を投下した唯一の国であるアメリカが核兵器の軍事的優位性を否定し、今後は一切戦争で使用しないと世界に宣言することにほかならないからだ。つまり、核兵器使用という手段の効果が得られなくなることになるのだ。
 しかも、核兵器の存在は歴史的にも大きな存在感がある。核兵器は保有しているだけでも役に立つ点があるからだ。例えばパキスタンのように地域の地位を強化した国もあり、かつての中国や現在の北朝鮮のように、外国の攻撃に対する抑止力にもなっている。

第3の道

 核兵器の『先制使用』か『先制不使用』、オバマは第3の道を提示した。
 NPRは次のように述べて核の先制不使用を否定している。『(アメリカは)現時点ではまだ、核攻撃抑止を核兵器の唯一の目的とする普遍的政策を採用する準備ができていない』とした。ただ、一方でNPRは、核拡散防止条約(NPT)を遵守している加盟国に対して核を先制使用することはないとも宣言している。
 歴代のアメリカ大統領は冷戦とその後の20年間、核兵器の条件を明確にしない曖昧戦略を維持してきた。これに対してオバマは、NPTを遵守している非核保有国の攻撃には核兵器を使わないと宣言したわけだ。
 この宣言により、3つの効果があげられる。
・核戦争の遂行計画を立案する戦略軍司令部は、NPTを順守している国については核兵器の攻撃目標を探すなと命令されているようなものだということ
・反米的な国々を含む外国に対し、核兵器開発の断念を促す効果が期待できる(その国がアメリカの宣言を信用すればの話だが)ということ
・NPTを遵守していない国々―つまりイランと北朝鮮をさらに孤立させることができるということ
 さらに、核兵器の使用を検討するのは『極端な状況』の場合のみで、将来的に核の先制不使用政策を採用できるような条件の創出に努めること(ただし、その条件が何かについては曖昧にされている)も。

 今回の報告書は、核兵器関連の新しい政策をいくつか提示している。
・多弾頭搭載型のICBM(大陸間弾道ミサイル)『ミニットマンⅢ』450基を改造し、複数の多弾頭を搭載できないようにする。この措置はアメリカの先制核攻撃に対するロシアの疑念を解消または大きく軽減し、両国間の信頼醸成と関係の安定化に大きく寄与する可能性がある
・新たな核弾頭の製造はしない。既存の核弾頭は『延命』措置を通じて維持を図り、そのために核兵器関連の研究予算を思い切って増額する
・NPRはミサイル防衛(MD)システムの開発と配備に対するオバマの強い信念がにじみ出た内容になっている
といったことだ。

 しかし、次のようなことが懸念される。
・アメリカでは政府が新しい核兵器を開発しようとしても、大きい効果はないかもしれない
・オバマが核兵器の『先制不使用』を約束したとしても、外国の指導者がそれを信じるとは限らない。あるいは、大統領が代われば米政府の方針は変わると考えられる可能瀬もある
・アメリカやロシアがどれだけの削減を進めても、核保有を目指している国々を思いとどまらせる効果は期待できない
 このようなことから、NPRが与える影響は大きくない可能性がある。

 それに、核削減には懸念が生じている。
 それは、核を削減することによって、アメリカの優位性が確立されるのではないかということだ。核兵器をなくすことによって、武器や兵器は通常兵器になる。そうなると、圧倒的に科学技術が進歩しているアメリカが断然優位になるというわけだ。
 つまり、科学技術が進歩しているアメリカの一人勝ちになるのである。この状態は当然、他国からは大きな懸念になるだろう。そして、アメリカについていた勢力が優位になりやすい情勢にもなるからだ。

 ただし、これからの核体制の見直しは前に進む可能性はある。報告書の最終章にはオバマが4月8日にロシアのメドベージェフ大統領とチェコのプラハで署名した新核軍縮条約の先をにらんだ将来の削減目標が示されている。この目標には長距離ミサイルだけでなく、短距離の戦術核兵器や実戦配備されていない予備の大幅削減も含まれているのだ。
 これらを削減するためには、軍事計画の見直し、安全保障上の利害の再評価作業が欠かせなく、実際に削減が行われたかどうかを検証するために、今より厳密な査察手続きも必要になってくる。

各体制見直しが与える各国の反応と影響

 核体制を見直すに当たっては、アメリカやロシアだけではなく、世界中に影響を与える。その一つが、欧州だ。
 冷戦時代、通常戦力で勝るワルシャワ条約機構に対抗するため、北大西洋条約機構(NATO)が欧州に配備した米国の核兵器は一時、7000発を超えていたが、今では推定150~240発のB61を残すだけになった。
 その欧州に配備した米国の核兵器を巡って、冷戦後の存在意義を模索し、戦略見直し中のNATOでは今年2月、ベルギー、ドイツ、ルクセンブルク、オランダ、ノルウェーの5カ国外相がラスムセン事務総長にあてた共同書簡で、米戦術核の扱いについて協議を促したのだ。
 米戦術核の撤去要求は、平和・反核運動が盛んなドイツやベルギーを中心に始まり、オバマ米大統領の登場により核廃絶への期待が膨らみ、撤去を求める政治的な動きにつながった。動きが最初に表面化したのはベルギーで、フィリップ・マウー上院議員が昨年7月、国内での核兵器の製造、移送、保管などを禁じる法案を議会に提出する意向を表明。昨秋にはウェスターウェレ独外相が米国に撤去を要求し、今年2月にルテルム・ベルギー首相が独、オランダ、ルクセンブルク、ノルウェーと共同歩調を打ち出し『核なき欧州』を求める流れができた。
 だが、NATOの東方拡大に伴い、ロシアとの距離が遠くなったドイツやベネルスク3国にとって戦術核は時代遅れだが、チェコなど東欧諸国は戦術核の存在を『米国が欧州を守るシンボル』とみなし、撤去に反対している。

 これに対し、当の米国は「核抑止をそぐ性急な行動を取らないでほしい」と慎重な立場をとっている。日本の立場はどうかというと、NATOに「ロシア戦術核の欧州から極東への移転につながらないように働きかけている。なぜなら、80年代の中距離核戦力(INF)廃棄条約交渉を巡る苦い記憶があるからだ。交渉過程でソ連が中距離核ミサイルSS20について「欧州は全廃、極東に即配備100基を残す」「欧州撤去分の70基を極東に移転する」と提案し、西側陣営の分断を図ろうとした。結局、中曽根康弘首相(当時)が極東配備分も削減交渉の対象にするようサミットなどで強く主張し、欧州・極東ともに全廃が決まった。
 NATOは99年に定めた戦略概念で、欧州配備の米軍戦術核を抑止力として「必要最小限の水準で維持する」と規定している。
 これらのことから、(欧州の)戦術核の軍事的な有用性はなく、使えないのが現状であるが、NATO新規加盟国は戦術核に抑止力がないとは思っておらず、対露交渉する米国も一方的な(撤去)措置には利点を見いだせなく、(米軍戦術核撤去の)一方的な動きがすぐに起こるとは考えにくい。
 NATOは11月の首脳会議で戦術核の位置づけ見直しを含めた次期戦略概念を採択する予定。
 核が役に立つ以上、アメリカやロシアがどれほど核兵器を削減しても、その他の国々に与える影響は最小限にとどまるかもしれない。
 なぜなら、それぞれの国は自国の国益に基づいて、核武装するかどうかを決めるからだ。実際、アメリカが核兵器の大幅削減に踏み切れば、これまでアメリカの『核の傘』に頼ってきた一部の先進国が独自に核武装するシナリオも考えられるだろう。
 実際に、アジアとヨーロッパの同盟国数ヵ国から懸念も出ている。アメリカが核の使用をちらつかせることで同盟国の安全を守る『核の傘』は冷戦時代の産物だが、今も頼りにされているからだ。

 NPRはクリントン政権時代の94年、ブッシュ政権時代の02年にも策定されているが、アメリカの核戦略に大きな変化はなかった。
 今回のNPRは前向きだが、この報告書の評価は今後もそのままか、それとも『核なき世界』というオバマの長期的ビジョンに向けた最初の1歩になるのか、ということは、今後の事態の推移によって変わってくる。

<参考資料>
・「オバマ核戦略の意味と無意味」
フレッド・カプラン(Newsweek 2010.3.24)
・「オバマ新核戦略は夢か悪夢か」
(Newsweek 2010.4.21)
・「世界を読む 「核なき世界」へ第一歩のはずが… 欧州の核撤去 米慎重 日本も懸念」
(毎日新聞 2010年3月22日(月))
・「世界を読む 核の意識 東西に差 独、ベルギー「撤去でも問題ない」 チェコ「米国が欧州守る象徴」 日本 極東にしわ寄せ 不安視」
(毎日新聞 2010年3月22日(月))

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