原子爆弾の恐ろしさ

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 核兵器の恐ろしさはすさまじいものだ。
 広島、長崎で被爆した人は、この核によって苦しめられている。

 何も核兵器だけではない。原子力発電所も同様だ。
 原子力発電所は小さなエネルギーで大きな電力をつくりだすことができるのだが、その反面、事故は多大な災害につながるリスクがある。
 安全性が大きな課題となるわけだ。

 その原子力発電所の事故といえば、チェルノブイリがあげられるだろう。
 その深刻な状況を追う。

「1 チェルノブイリから23年」
広河隆一(DAYS JAPAN 2009.8)

 原子力発電事故による影響は深刻なものだ。
 原発災害の最も深刻な例はチェルノブイリの事故が挙げられる。「原発の東に約70キロのオブルチ地区」がある。「現在、地区には1万2000人の子供(0~18歳)がいるが、そのうちの100人がチェルノブイリ障害者の認定を受けているという」。病気の子供のうち、多いのは先天性障害で50%を占め、「それから神経性疾患が続く」。この地区の「病院の周囲からは、既に多くの人々が避難しており、家屋は廃墟となっている」そうだ。「この地区では、昨年600人が出産したが、早産で生まれてくる子の比率が増えてきており、新生児を州都ジトミル市まで連れていくのは時間的に不可能なので、新生児用の人工呼吸器を求めている」状況だ。

 「汚染のひどかった6つの地区の06~07年のデータ」によると、「大人になった人々の、新規の甲状腺がん発症率は、他の地区に比べはるかに高い」という。「事故前、甲状腺がんの潜伏期は4~12年だと言われてきたが、事故後23年たっても、このような高い発症率が見られ、潜伏期は当初言われていたより長期であることが分かった」。
 事故当時0~14歳だった子供の甲状腺がん発症率は、女性の場合、06年に299件、「07年に272件。男性では06年に66件、07年には63件と緩やかに減少している」という。

 「現在、先天性心臓欠陥の発症率が増加しているが、これがチェルノブイリ事故に関係あるかどうかはまだ確定できない」という。
 しかし、状況は深刻で、「08年、ゴメリ州で1万6000人の子供が生まれ、このうち400人に先天性障害が発見され、16人は死亡した」という。「その半分以上は妊娠中に発見されたが、様々な原因で中絶されずに出産を迎えた」という。
 「ゴメリ市の『困難の中の子どもへの希望を』(以前の『困難の中の子どもたち』)の代表であるパホモワ・ワレンチナによると、現在この団体には375人の病気の子供(18歳未満)が登録している」。「以前は甲状腺がんの発症のケースが最も多かったが、現在は幼い子供(1歳半~2歳)に腫瘍が多く見られる」という。「特に脳腫瘍が発症するケースが多く、肝臓、血液、骨などの腫瘍の発症するケースも多くなっているという」。「保健省はこれらの病気がチェルノブイリの事故のせいと断定することは避けている」模様だ。
 「昨年末からチェルノブイリの被爆者家族を取り巻く状況は厳しくなっている」。「08年12月に甲状腺がんの子供(障害者3級)の特典(薬品代割引、交通費割引、光熱費割引など)は廃止」され、「汚染地の安全宣言が次々と出されている」。

「2 セミパラチンスクの60年」
森住卓(DAYS JAPAN 2009.8)

 核実験の傷跡はいまだに人々を苦しめている。
 カザフスタン共和国は、20年前にソ連から独立した。「人々は、世界ではじめて国民的運動によって核実験場を閉鎖に追い込」み、「そして独立後、政府は核兵器廃絶・非核宣言を行った」。「その後、豊富な地下資源を背景に、首都アスタナ、アルマータなど都市部はめざましい経済発展を遂げた」。「華やかな消費に人々の関心は移り、被害者は記憶から消え去ろうとしている」。

 その「カザフスタン共和国セミパラチンスクは、旧ソ連時代に大規模な核実験場があった場所」である。「米ソ冷戦は際限のない核軍拡競争の悪循環を招き、無数の核実験が行わ」、「その後、旧ソ連は崩壊し、カザフスタンも独立、核実験場はカザフ国民の運動によって閉鎖された」。
 しかし、「現在も残留放射能の影響により、がんや白血病、そして先天的な疾病に苦しむ人が後を絶たない」状況である。
 「セミパラチンスク核実験場は、カザフスタン共和国東部の草原の中にある」。「広さはちょうど四国がすっぽりと入るほど」で、「初めての核実験が行われたのはちょうど60年前の1949年」。「以来40年間で核実験は467回におよんだ」。「大気中に放出された放射能物質は、チェルノブイリ原発事故の5000倍とされ、周辺の住民百数十万人が被爆したといわれている」という。

 「核実験場の北のドロン村」。「セミパラチンスク市からおよそ100キロ」。「この村は、何度も高線量の放射能で汚染された」という。「特に49年の最初の核実験と53年のはじめての水爆実験、そして地下核実験の放射能漏れ事故などで、今も高汚染地域になっている」。「被爆線量検査では、カザフ在住のリクビーダートルよりも、村民の被爆量は3倍も多かった」。「村は廃屋が目立ち、年寄りと貧しい人々ばかりになっていた」。
 この「村の人口は400人」。「20年前と比べて約13パーセントに激減した」という。「住民はみんな病気」で、「毎年80人が亡くなるが、原因は循環器系や甲状腺疾患、がんなど。核実験の影響だという」。
 さらに深刻な問題は「村に自殺者が多いこと」である。「昨年、5人の若者が自ら命を絶った」という。「核実験場周辺の村では、以前から自殺が多いとされてきた。住民らは核実験のせいだと言うが、理由は不明」だ。「経済発展から取り残された地域で、貧困と差別、そして健康不安が若者の未来を奪っているのでは」。

 「ソ連から独立しても、長年、監視社会の中で暮らした人々は、主体性、創造性を奪われてきた」。
 「『核実験は過去のこと』というのが、カザフ国内では支配的世論」だ。「経済発展をするには核実験被害対策に国家予算を使いたくないというのが政府の本音だろう」。「カザフ国内だけではな」く、「99年、日本政府がホスト国になって、東京でセミパラチンスク支援国際会議が開かれたが、その2年後には、国連もセミパラチンスクから撤退」。「日本のODAも撤退した」。

「64年たったヒロシマの現実」
(SPA! 2009.8.11)

 「昭和20年8月6日、午前8時15分。B-29から投下された原子爆弾は、広島市内のほぼ中央の上空580mで炸裂」。「爆発に伴う熱線と放射線、そして強烈な爆風と衝撃波により、広島は一瞬にして焼き尽くされ、約20万人もの命が奪われた」。
 原爆投下から64年目の2009年8月6日。「広島平和記念公園内の原爆死没者慰霊碑に納められている原爆死没者名簿に記載された人数は25万8310人」となり、「今年も新たに3000人以上が書き加えられ、総数は、ついに26万人を超えた」。

 原爆による被爆の問題はいまだにまだ解決されていない。それと同時にもう一つ問題となっていることがある。
 「名前が判明しているのに遺骨の引き取り手がいない820柱の名簿」がある。「毎年、広島市役所の原爆被害対策室が全国の都道府県や自治体に配布しているもの」である。この活動は、昭和30年から始まり、「各地に散在した遺骨を集め」、現在では、「名前がわかっている遺骨は2434柱」あるという。「このうち遺族の情事で供養塔に永久安置しているのが1614柱」、「残り820柱は遺族を捜している」状況であるという。

 名簿の配布は昭和43年から始まり、「まずは広島市内で納骨名簿の公開を行い、昭和59年には市内の公共施設に貼り出し」、「翌昭和60年には全国の都道府県に配布し、平成19年には全ての都道府県に配布」した。
 遺骨は平和記念公園の北側の原爆供養塔に安置されている。
 この遺骨の問題であるが、「名前が判明している遺骨はまだましな方」だという。
 「現在の原爆供養塔ができたのは、原爆投下から10年後の昭和30年」。「広島市が中心となって仮納骨堂を今の場所に建て替えた」。この時に、「市内各所に散在していた引き取り手のない納骨を集め」、一緒に納骨。「原爆投下当時は、40歳くらいまでの男性は全て徴兵されていたので、中学生くらいの多くの若者が学徒勤労動員によって駆り出されていた」。「特に爆心地に近いあたりは家を壊して防火帯を築くために、各地から動員されていて、多くの若い命が犠牲になった」という。「大きな混乱が続く市内に遺族が入って肉親を捜し、多分これだろうということで骨片を持って帰られた」という。「それでも見つけられずに残った骨が7万柱もあったという」。

参考

・「『未来からの遺言』 」/正名録
・「我が国に核武装が必要な理由を書いてみました。その2」/スウェーデンは核開発国です。スイスも核開発国です。
・「チェルノブイリ原発事故から20年、まなざしを新たに」/The only one earth

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