イラクやアフガニスタンだけではない、深刻な状況

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 現在、イラクやアフガニスタン戦争が大きな問題になっている。
 しかし、イラクやアフガニスタンだけが、問題ではなく、深刻な問題は他の地域にも存在する。

 その深刻な状況がどれぐらい存在するのか、そして、具体的に言うとどんな地域が深刻になっているのか。
 一部であるが。

「25ヵ国に迫り来る内戦勃発の危機」
(Newsweek 2009.10.7)

 現在、世界で26の武力紛争が起きている。その紛争の全てが、「以前から続く内戦か、一旦は鎮まった内戦の再燃」である。しかも、「近い将来、内戦などの紛争が勃発する可能性が最も高いとされる25ヵ国の状況は、この2年間で深刻の度を増している」という。
 その背景には、「不完全な民主化」という問題があげられる。「どの国も民主性に移行してしばらくの間は、政情が極めて不安定になる」。「既に紛争が起きている隣国の存在も問題」である。

 「依然として最も危険度が高いのはアフガニスタン」である。「民主化が国民の生活改善に全く役に立っておらず、戦争の長期化を招いてしまっている」。

 それでは、どうすればよいのだろうか。紛争を回避するための方法の1つが、「たとえ民主化が不完全であっても、別の面でその国が安定した成長を遂げることができるように支援すること」である。
 もう一つの方法は、「紛争終結後の国々の安定化を助けるために国際社会がより一層の努力をすること」である。

 「2004年、冷戦後の武装紛争の数が20にまで減った」という(米メリーランド大学国際開発・紛争管理センターによる)。「10年版の報告書によると、紛争数は05年に27に急増した後は安定しているものの、将来に向けて不安な兆候が見られる」という。

「極悪ゲリラの「霊媒師」を追え」
スコット・ジョンソン(アフガニスタン総局長/Newsweek 2009.6.3)

 アフリカ中部コンゴ(旧ザイール)。

 自称霊媒師のジョゼフ・コニーは、「アフリカで最も凶暴な武装集団『神の抵抗軍(LRA)』を率いるリーダー」である。
 コニーは「62年にウガンダ北部のオデクという小さな村に生まれた。幼い頃は物静かで、運動よりもダンスが好きな少年だった」という。
 「少年は激動の時代に青年期を迎えた。悪名高いイディ・アシンの独裁が79年に終焉した後も、オボテ政権の下で混乱と暴力が続いた」。
 「87年4月、3日間の祈祷を終えたコニーは、同志を連れて山に入った。LRAの誕生である」。
 「23年前、コニーは女の衣装をまとって霊媒師を名乗り、ヨウェリ・ムセベニ大統領率いるウガンダ政府の転覆を誓った。以来、ウガンダ政府は彼の行方を追っている。だがコニーは、拉致した子供たちを殺人部隊に仕立ててLRAを結成。各地で暴行と略奪を繰り返し、抵抗するすべのない住民を大量に虐殺してきた」という。
 「LRAに加わった若者は、コニーへの忠誠の証しとして母親をレイプし、親を殺害するよう強要される」という。「犠牲者の肉を食べさせることもあった」という。
 「LRAの破壊活動で故郷を追われた人は200万人以上」だという。
 「国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ている」。

 ムセベニは「地方でゲリラを組織」。「当時のウガンダには孤児があふれていて、その多くが少年兵となった」という。「ムセベニは自分の集めた少年兵に規律を守らせ、略奪やレイプ、一般人への暴力を固く禁じた」。
 そして、「85年後半、ムセベニ率いるゲリラは首都カンパラへ入城。市民には解放軍として迎えられた」。
 ここまではよかったのかもしれない。しかし、「南部出身のムセベニは、いったん権力を握ると北部アチョリの出身者を排除し始めた。アチョリ人はムセベニに反旗を翻す」。

 コニーの勢力への追い風も吹く。
 「かつてはウガンダ政府軍の中核を成していたが、ムセベニに軍を追われたアチョリ人の元将官たちは、進んでコニーの軍事顧問となった。さらにスーダンのバシル大統領も、南部の反政府勢力にムサベニが肩入れしたことに怒り、LRAの軍備強化を支援するようになった」。
 さらに、「スーダン政府は94~98年にLRAに大量の武器弾薬を提供」。その後、「諜報活動の訓練にも協力。負傷したLRAの兵士はロシア製の大型機でスーダンの首都ハルツームの病院に搬送されていた」という。
 スーダン政府の支援は今でも続いているのだろうか。
 「ブッシュ政権がLRAの残虐行為を問題視し始めた03年頃から、スーダン政府はコニーへの支援をやめたとの見方」があるという。しかし、「ウガンダ政府とスーダン南部の反政府勢力は、水面下の支援は今も続いていると主張」。

 しかし、状況はもっと悪化している。「今ではバシルもコニーと同様、ICCから逮捕状が出ている身」であるため、「地域全体が今までよりもはるかに不安定化する恐れがある」という。

 「これまでにLRAは推定で6万5000人以上の民間人を殺し、4万人の子供を誘拐。ウガンダとスーダン南部、さらに最近ではコンゴ東部の一帯で何百という村々を破壊している」という。
 このような最悪の状況に対し、「94年と02年にも交渉が行われたが、いずれも失敗に終わり、そのたびにLRAは見境のない残虐行為を再開した」という。
 「コニーはアチョリ人にまで容赦なく攻撃を加えたため、多数の村人が難民化し、ウガンダ北部は悪臭漂う難民キャンプ地帯と化した」という。「キャンプではエイズとマラリア、飢えと暴力が人々を痛めつけ、その上LRAが闇討ちをかけ、誘拐と殺戮の限りを尽くす」という深刻な状況。「一時期は、難を避けるために毎晩大勢の子供たちが近くの町に避難するほどだった」という。
 「06年の和平交渉は、人々が恐怖に打ちのめされている中で行われた」。
 コニーは交渉を有利に進めようとする。「和平協定署名の条件として、訴追免責を確保しよう」という姿勢だという。「今はスーダンのバシル大統領も同様の姿勢を取り、交渉を難航させている」。
 さらに、「交渉のたびに、コニーは話し合いを始める前にまず配下の『5000人の戦士』のために食糧を提供しろと要求。実際には兵士の数は800人足らず」とみられている。
 コニーと敵対する勢力もだまっていはいない。
 「和平交渉を継続しようと懸命の努力が続く中、ウガンダとスーダン南部とコンゴの軍は、コニーにとどめを刺そうと共同で新たな作戦を練り始めた」という。
 「コンゴ軍は08年7月、ガランバ国立公園にあるLRAの最大拠点の南にL字形の防御線を張り始めた。同年11月下旬、宗教指導者とアチョリ人指導者がコニーに最後の説得を試みるため、2日がかりでガランバに入った」という。
 「グルの聖公会のジョン・オダマ大司教は長年、コニーを交渉の席に着かせようと努めてきた。過去に7回もコニーを説得している」という。

 「ウガンダ軍と米軍は既に2週間後に迫った『稲妻』作戦の詰めに入っていた。ウガンダ軍のナンバー2にさえ詳細は伏せられていた。ムサベニ自らが大統領官邸から指揮を執り、義理の息子が率いる特殊部隊がコニーを捜し出し、殺す手はずだった」という。
 「誕生間もない、米アフリカ軍(AFRICOM)にとっては、アフリカでの初任務だった。男性16人と女性1人から成る情報活動と後方支援のスペシャリスト集団は、作戦を成功させるべく最善を尽くした」。
 しかし、「軍事作戦も和平交渉同様、出だしからつまづいた」。
 「攻撃から8日後、コニーは報復に出た」。「標的となったのは例によって無抵抗の市民」。「LRAは数日足らずでコンゴの村人約1000人を虐殺し、村ごと焼き尽くした」という。「何百人もの子供が誘拐され、およそ25万人がコンゴやスーダン南部の家を追われた」という。

「ミャンマー武装組織が牛耳る 「ピジョン・ブラッド」鉱山ルポ」
文明(中国)

 「これまで世界的な麻薬の産地として知られていたゴールデン・トライアングル」に「世界最高品質の『ピジョン・ブラッド』」を算出するミャンマーの鉱山がある。
 『ピジョン・ブラッド』とはルビーのことで、「タイ、ラオス、スリランカ、ベトナム、インド、タンザニア、中国といった」国々が主な産地である。
 このルビー鉱は、「ミャンマー最大の地方武装組織」で、「少数民族ワ族による第二特区ワ州連合軍(ワ軍)」が支配するワ州にある。「1997年、ワ軍は2005年までにアヘンの栽培を根絶やしにし、麻薬ゼロ地区を建設するという計画を世界に向けて発表」した。
 これは好ましいことであるが、その背景には何があったのだろうか。

 ミャンマーは「鉱業の歴史も古く、石器時代や青銅器時代の採掘器具も発見されているほど」で、「ルビーは世界的に有名」である。
 「美しいだけでなく、ルビーには身を護る力があると信じられて」おり、「体に埋め込む人もいて、そうした武人の体はどんな武器でも傷つけることができないという伝説がある」ほどで、「古くからルビーが珍重」されてきた。
 それだけ、この国ではルビーの価値が高いというこだ。

 「タイは国際的に最も重要なルビー市場で、世界中のバイヤーがバンコクにルビーの買い付けにやってくる」ほどだ。

 「最近、中国系ビジネスマンがたくさんミャンマー」に来ているが、ミャンマーは「無数の地方武装組織からなる連合国家で、いまだに多くの非開放区」があり、「特に重要な鉱区に入るための検問は、非常に厳格」である。
 ミャンマーの現状では、公務員も厳しい生活を余儀なくされている。
 「政府は公務員にわずかな給料しか」しか払ってなく、「検問所で得るチップが彼らの生活を支えている」という。「チップを渡さなければいろいとろ難癖をつけてくる」というのだ。
 このことからもわかるように、腐敗に至る悪循環ができている。

 「ミャンマーにはルビーの主要産地が2つある。モゴックとモンスー。モゴックは、マンダレーから北東に約145km離れており、良質なルビーとサファイアの主要産地」である。「その鉱山は数百年の歴史を誇る」。
 2つの鉱山のうち、モンスーは「モゴックと違い、ルビーの採掘の歴史はたかだか数十年」であるが、「モンスーで採掘されたルビーは、タイとの国境の町タチレクを経由して、タイ側の町メーサイへと運ばれる」という流通システムを構築している。
 モンスー鉱区の「山頂には、土嚢を丸く積んだ中に機関銃が設置され、ちょっとした要塞」のようになっている。
 モンスー鉱区で「採掘している会社は、100社以上」にのぼり、「ミャンマーの武装組織のほぼ全てがここに会社を持っている」。そのせいか、「至るところに銃を持った兵士がいる」。
 その一つ、「宏邦集団公司も99年半ばに鉱区への進出を決め、現在15の採掘地を有している。採掘地の総面積は11万m2で、1500人以上の鉱夫を擁する。03年のルビー採掘量は720kg、加工済みのもので360kg。同社の採掘地は管理が行き届いており投資規模も大きため、鉱区での生産高は第4位」だという。
 「鉱区では、銃によって縄張りを守る以外に、厳格な検査システムで鉱夫によるルビー盗難を防止している」。
 「モンスー鉱区の女工の日当は900チャット(約115円)、鉱内で作業する男性鉱夫の日当は1500チャット、運搬工の日当は1300チャット」だという。
 「仕事が終わった労務者は男女とも、保安員による身体検査を受ける」のだが、その方法には、「ズボンを脱がせ、しゃがんで大き咳を3回する」といったものから、「女工は専門の部屋に入れられ、腟や肛門まで調べられる」。
 モンスーの「主な鉱区の総面積は20km2」で、「海抜は2300m余りだが、92年に大規模な開発が始まってから現在までに、山の峰は30m以上削られた。数10年に及ぶ採掘により、山肌は穴だらけ」なのが現状だという。
 そのモンスーには「4万人以上が住んでいる」という。

 「統計によると、この地区で働く鉱夫は子供を含めて3万5000人」で、「彼らは粗末な野営地で寝起きしながら、命げかでルビーの採掘に携わっている」。
 その仕事は非常に厳しく、「鉱石の採掘はすべて発破に頼っており、一日に数先発もの爆薬が使われる」という。「ときには天井が崩れるような事故が起こることもある」。
 そんな厳しい環境でも「500tの鉱石から採取できるルビーは、通常わずか1カラットに過ぎない」という。

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