オンライン・メディアの注目度は

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 メディアにもいろいろな媒体がある。その中でも、オンライン・メディアの注目度が高くなっている。
 しかし、経営という視点から見ると、まだオンライン・メディアが確立したわけではない。
 不況という社会背景もあるだろうが、ビジネスモデルとは確立していないのだ。

 しかし、このオンライン・メディアを無視するわけにはいかない。様々な企業や個人がオンライン・メディアに注目している。その影響により、新聞や雑誌媒体は打撃を受けているのも確かだ。
 新聞や雑誌とオンラインのコラボレーションも出てきているわけであるが、果たしてどうなるのであろうか。

「オンライン・メディアの隆盛と新聞の死がもたらすもの」
ニュー・パブリック(USA/COURRiER Japon 2009.7)

 新聞は生活に影響する知識や情報を与えてくれ、情報を収集する上で大きな存在である。
 新聞は「政治や文化や経済で中心的な役割を果たして」おり、「その影響力は絶大であり、事業の収益性も高い」。「私たちの日常生活に深く根付いて」いるといえるだろう。

 その新聞の役割は、「ニュースという『公共財』を生産することである」。一般的にいうと、「公共財は市場では過小生産は陥りやすい」が、「新聞は19世紀半ば以降、政府から補助金を受けることもなく、ニュースを大量かつ廉価に読者に提供してきた」。
 そうして、「私たちの目となり、他のどのメディアよりも強力に国家を監視し、私企業の行き過ぎをチェックする、『市民社会の木鐸』ともいえる存在」となった。

 今では大きな影響力を持ってる新聞であるが、当然、はじめはそうではなかった。
 米国の新聞が「強い独立性と大きな影響力を持つようになったのは19世紀から20世紀初頭」で、最初期の新聞は「政治家の長い演説をそのまま転載したり、事件を単純に記述した記事を掲載したりするものに過ぎなかった」という。
 そして、「新聞は市場仲介者の役割を担う」ようになり、それまでの報道形態から「政治や経済のニュースの報道の仕方も変わり、興味深い記事、解説記事、分析記事を掲載するようになった」。これは新聞が大きく変わった契機となり、「女性や労働者や移民を読者に取り入れようとして、コンテンツ、文体、レイアウトを刷新して、スポーツ、犯罪、娯楽情報、地域情報、人物インタビュー、漫画、ゴシップなど様々なジャンルの記事を幅広く掲載するようになった」。
 ラジオやテレビの登場により、新聞は速報ビジネスでは劣るため、「解説と分析に力を入れるよう」に適応していった。確かに「ラジオやテレビの出現により新聞のビジネスモデルが変わったのは事実だが、放送ジャーナリズムの到来によって新聞の時代が終わることはなかった」。それも「新聞が放送媒体より詳細に地域情報を報じることができ、地方都市内の広告主と消費者を結びつける点で放送媒体を上回っていたこと」により生き延びた。
 時代の変化に適応しながら進化して、「20世紀初頭の新聞ビジネスは競争の激しい業界だったが、20世紀の半ばには、多くの新聞が消えていき、生き残った新聞はとてつもない収益力を持つようになった」。

 「約100年前の米国の各主要都市」には2~3紙の新聞があった。それに対し、新聞を購読する家庭は2紙を購読しようとはしなく、「広告とニュースが多い新聞を選び」、広告主も「購読部数の多い新聞を好んだ」。そうして優位に立った1紙が生き残り競争がなくなると、生き残った1紙は「新聞の値段と新聞の広告スペースの値段を自ら決められるようになった」。「新聞が1紙しかない都市では、たとえその新聞が劣悪で、経営陣が無能でも」、儲けが出たという。
 そうしたことで、「多くの新聞社が、広告主と購読者に対する値上げを毎年、実施」し、利益を上げていった。
 「巨額の利益を簡単に得るという点で新聞事業の右に出るもの」はなく、「20世紀初頭を通じて、新聞は米国民の第一の情報源であった」。それは、スポーツ、金融、政治など、「どんな話題でも新聞が究極の情報源」であったということである。

 しかし、「新聞業界は近年、インターネットの発展、広告収入の下落、購読者数の長期的減少といった要因のため、その存立が危ぶまれてきた」。
 「新聞を買う人の割合は1945年に比べて半減しており、新聞の購読部数の総計も80年代半ばから減少している」という。「米新聞誌発行部数機構(ABC)によると、近年、新聞の購読部数の総計は年間2%ずつ減っており、08年半ばには前年比5%弱減少した」という。
 さらに、「ピュー・リサーチ・センターの調査によると、06~08年の間、オンラインあるいは活字で新聞を読んでいるという米国人は、43%から40%に減った」といい、購読部数の減少は加速している。

 具体的にいうと、「ロサンゼルス・タイムス紙は人員削減のため記者数を半減。同紙の親会社であるシカゴ・トリビューン紙なども傘下に持つトリビューン社は昨年12月、破産法の適用を申請した」。
 「サクラメント・ビー紙やマイアミ・ヘラルド紙など全米に30紙を傘下に置くマクラッチー社も、ここ1年で従業員を4分の1解雇している」。
 さらに、「ニュージャージー州最大の日刊紙、スター・レジャー紙も昨年10月、編集局の人員45%が早期退職した」。
 新聞業界は、「新聞のページ数、取り扱うニュースの幅、各種の特集記事が減らされており、宅配される新聞の部数も減少している」というのが現状である。

 「昨年末時点の新聞の広告売り上げは、3年前と比べて約25%減少しており、各新聞社はエディターや記者の数を減らし、紙面を削っているが、それでも売り上げ急落の後手に回っているという状況だ」という。
 さらに、「バークレイズ・キャピタルの昨年12月の予測によれば、新聞の広告収入は09年に17%減り、10年にはさらに7.5%減るという。あのニューヨーク・タイムズ紙でさえ、手元資金が細り、信用格付けが引き下げられている」という。

 経営の悪化に直面して新聞は国際面から手を引きだした。現在、米国の経済や安全保障が世界と深く結びついているため、米国メディアが海外ニュースの報道から撤退するとなればよい兆候とはいえないだろう。
 国内メディアが海外ニュースを報じなくなればどうなるだろう。BBCなどの外国のニュースサイトで海外ニュースを知ることは可能である。しかし、「新聞やテレビで報じられない海外の出来事を知るために、わざわざ外国のニュースサイトにアクセスしようとはしない」だろう。
 そうした中、「02~06年の間で、米国紙の海外特派員の数は30%減少」。「ピュー・リサーチ・センターが08年、ニュース会社の経営者に聞き取り調査を実施したところ、ここ3年で国際ニュースの扱いを減らした新聞の数は3分の2に達した」という。さらに、「フィラデルフィア・インクワイラー紙、ボルティモア・サン紙、ボストン・グローブ紙はここ3年間で最後の海外支局を閉鎖している」。
 国際面だけではない。「政府担当のワシントン支局の人員も削っている」。「トリビューン社は、傘下のロサンゼルス・タイムズ紙などのワシントン支局を一つに統合し、支局の記者数を3分の2を削減」。「コックス・ニュースペーパーズ社のワシントン支局には、アトランタ・ジャーナル=コンスティテューション紙など17紙の記者が30名いたが、この支局は今年4月に閉鎖された」という。
 さらに、深刻なのは州レベルの状況である。00年の時点では、ニュージャージー州最大の日刊紙、「スター・レジャー紙は、州都トレントンにフルタイムの記者13名を配置」していたが、「昨年10月、編集局の人員を45%減らしたため、4名」になったという。「ニュージャージー州で新聞6紙を発行しているガネット社も、州行政担当の記者を6名から2名に減らしている」。「3名の記者がいたニューヨーク・タイムズ紙のトレントン支局は閉鎖されて久しい」という。これらのことから、「ニュージャージー州の行政府を追っているフルタイムの記者の数は、ここ10年で50名から15名に減った」という。
 しかし、それだけでも難しく、「科学欄や文化欄も削られており、サイエンス担当や医療担当」の記者から「音楽評論担当や書評担当の記者」も削られている。

 それでは新聞はどうなっていくのだろうか。
 動きがあるのは、ハイパー・ローカリズムというものだ。つまり、「読者が暮らす地域の出来事・情報を伝える地域欄」が強くなっている。それでは、これからハイパー・ローカリズムへの傾向が強くなってくるかといえば、そうとはいえないかもしれない。
 「街ネタしか掲載しない新聞は早晩、国際ニュースや文化情報に関心を持つ比較的裕福な読者層から見放される」恐れがある。そうすると、「広告主も離れ、新聞のフリーペーパー化が起こる」かもしれない。
 新聞の苦境は深刻で、「日刊紙を自称しているにも関わらず、平日は新聞を発行しない新聞も現れている」という。「デトロイトの日刊紙2紙が、宅配を木曜、金曜、日曜の週3日に減らし」、「新聞を宅配しない残りの日はオンライン版を発行する他、ニューススタンドでスリム版を販売することで対応している」。
 そうした中、「クリスチャン・サイエンス・モニター紙は、紙による発行は週刊にし、ウェブ上のみでの発行形態に切り替えることに踏み切った」。これは特殊なケースで、「ピュー・リサーチ・センターの調査によると、ウェブに完全に移行すると、コストを40%削減できるが、収入の90%を失ってしまう」という。

 新聞の影響力は今でも大きく、「全米中に記者を配置し、各地のニュースを大量に報道しているという点では、新聞に匹敵するメディアはいまだに登場していない」。
 しかし、近年、新聞以外のメディアも発達しつつあり、「メディアの専門家の中には、これまでジャーナリズムを支えてきた巨大メディアが消滅しても、インターネットや携帯などの新テクノロジーが発達するから悲観する必要はないという人たち」の声も強くなっている。
 つまり、「新聞が直面している問題は、新聞社が自ら作り出した問題であり、一般市民の暮らしには、それほど影響を及ぼさないというのだ」。「仮に新聞がウェブへの移行に失敗しても、新聞より良質なニュース源がウェブに登場し、新聞の埋め合わせをしてくれる」というのだ。これはある意味、メディアの進化かもしれない。

 新聞社を苦しめている要因はいくつかあげられる。
 一つには、インターネットである。「新聞が以前のように市場仲介者の役割を独占できなくなったということ」である。つまり、「広告主は広告とニュース記事を抱き合わせにする手法以外にも、広告を消費者に届ける手段を見つけ、消費者も新聞以外に新製品やセールの情報」を知る手段を見つけたためだ。
 そして、「消費者がオンライン上のニュース・メディアを通して無料でニュースを読めるようになった」ことがあげられる。「新聞はこれまで新聞販売と広告収入の2方面から収入を得ていたが、いまや広告収入だけでなく、購読部数」も減っている。
 それでは、一つの解決策として、オンライン上でも一部のコンテンツには課金するシステムを採用することはどうだろう。しかし、これも万全ではない。これができるのは、「読者が信憑性の高いビジネス情報を求める経済・金融専門のメディアに限られるだろう。コンテンツに課金して、アクセス数が減ってしまえば、広告収入が減る他、他のニュースサイトにシェアを奪われてしまう可能性があるからだ。つまり、新聞はコンテンツを無料で公開しても、有料で公開しても、墓穴を掘ってしまう」というジレンマに陥っている。

 インターネットが大きな影響を与えるようになり、オンライン上でニュースを得る人々も多くなってきた。「オンライン上でニュースを知ろうとする人は、複数紙のサイトを訪れるようになっており、読む記事量も増えていたりする」という。つまり、これはニュースを知るということは依然として高い割合になる。
 「新聞が衰退し、ウェブが主要なニュース源となると、ニュースに関心がある人とない人の情報格差が広がる」恐れがある。「現状では、スポーツ面、レシピ、漫画、クロスワードパズルのために新聞を買っている人でも、新聞の一面には軽く目を通しており、世の中の動きを追っているといえる」だろう。しかし、「ウェブのニュースサイトでは何が一面記事なのかが明確でない」ため、「ニュースに関心がない層は、ますます社会の動きや政治について知識を持たなくなる」恐れがある。その反面、ニュースに関心がある人は、「ウェブを通してニュースを無数に集め、ウェブ上で積極的に発言するようになるだろう」。
 ニュースに関心がある人とない人の壁が大きくなる可能性が高い。しかし、インターネットを活用するメリットもある。「ウェブが私たちの主要なニュース源になることで、これまでニュースを受け取るだけだった一般の人が、メディアに言い返したり、メディアを無視して市民社会の討論に参加できるようになったりしていく」だろう。もちろん。デメリットもある。「私たちは知識を共有できるかもしれないが、誤った情報も共有しかねない」。誤報や信用できない情報も氾濫する恐れがあり、それに振り回されることも多くなるだろう。
 「ウェブという新しい環境では、かつては一読者に過ぎなかった一般人も参加する『市民ジャーナリズム』が発展する可能性」があり、「以前より言論と表現の自由が確保できるかもしれない」。しかし、「これを裏返せば、ウェブでは先入見に基づいた報道やひも付きのジャーナリズムが蔓延りやすいということ」もある。「危惧されるのは、行政や企業の腐敗だけ」ではなく、「ジャーナリズム自体の腐敗も進行しかねない」ことである。ウェブでは簡単に情報発信ができるため、質の高いものが少なくなる可能性もある。
 しかし、メリット・デメリットがあるインターネットであるが、「ウェブサイトを通じて、読者を増やしている新聞もある」から、どうインターネットを活用するかだろう。

 これまでのメディアの発展の中で、新聞の影響力は大きい。
 「民間調査機関、ピュー・リサーチ・センターの調査によると、06年の時点では、米国の主要都市の新聞は1紙平均1日70件の全国ニュース・地方ニュース・経済ニュースの記事を掲載していたという(スポーツ記事やファッションなどライフスタイルの記事を加えれば、その件数は100件近くにもなる)」。
 それに対し、「30分間のテレビ・ニュース番組で報じられるニュースの数は10~12件に過ぎない」。しかも、「テレビでは、犯罪や火事や交通渋滞のニュースを取り上げることが多く、行政など好況の事柄に関する独自記事を掲載するのは、新聞にほぼ限られているといっていい」。
 その新聞が報道するニュースの数が減ることで懸念されることは、「行政の汚職の増加」である。「不正な行為がバレる不安がなくなれば、権力者の汚職が増える可能性は高い」だろう。
 「世界銀行は毎年、世界の汚職指数ランキングを発表しているが、ある研究者グループが03年に公表調査によると、世銀発表の汚職指数と『国民一人当たりの日刊紙購読者率』の関係を調べると、そこには強い相関関係が現れた」という。つまり、「新聞が自由に購読できない国ほど、世銀の汚職指数が高いという結果が出た」わけだ。
 さらに別の調査結果では、「米国内でも同じ傾向が確認できることが明らかになっている」という。「新聞の購読部数が少ない州ほど汚職が多い」という。
 こうした調査結果は、「必ずしも新聞の購読部数の低下が政治汚職を引き起こすという因果関係を示すもの」ではなく、「今後の見通しを判断するための確固とした根拠になるわけ」ではないが。

 「『アメリカン・ジャーナリズム・レヴュー』誌のジョン・モートンによると、08年の1~9月期の新聞の平均営業利益率は11.5%」で、「02年のピーク時の22.3%に比べれば下がっているが、決して悪い数字ではない」。
 しかし、問題は「新聞の購読部数と広告収入の減少がほぼ確実に続くこと」である。「ニュース週刊誌と同じで、新聞の部数を支えているのは、高齢層の高い購読者」であること。「新聞社の株価は平均すると、ここ1年間で80%以上も下がって」おり、「以前は、新聞はやがて紙とウェブを融合したハイブリット媒体に移行するなどと言われていたが、紙媒体からの収益が下落する中、新聞のオンライン広告の収入は広告収入全体の8%にしか達しておらず、その伸びも失速している」。つまり、「オンライン・ニュースをのぞくと、全てのニュース・メディアの規模が縮小しており、オンライン・メディアが伸びているといっても、他メディアの衰退の埋め合わせをするほどのものではない」ということなどが、問題の要因にあげられる。
 「フランスでは、新聞社を援助するため、ニコラ・サルコジ大統領が、18歳になったフランス国民に、好きな日刊紙を一年間、無料で購読できる計画を実施」。しかし、「米国には、フランスに比べて、卑猥なタブロイド紙が多いため」、適用するのは難しいだろう。

 このままでは新聞などといった報道機関が衰退していく一方である。「新聞社がジャーナリズムにお金を出せなくなり、ウェブ上のコラボレーションでも、その代替物を生み出せなくなるかもしれない」。そうした場合の解決策の一つとして、「ジャーナリズムを寄付で賄う」ということがある。
 その際に懸念すべきことがある。「社会が公共財を必要とするとき、政府は多くの場合、その公共財の生産に補助金を出したり、政府が直接その公共財の生産に乗り出したりする。だが、政治的に支配された新聞を避けたい場合、政府が特定の新聞を後援したり救済したりすることを許してはならない」。
 他にも案がある。それは、民間のNPOを利用する方法だ。「実際、近年、ジャーナリズムを支えるNPO活動が増加傾向にある」。このことについて、いろいろと議論されているが、「ジャーナリズムをNPOで支えることには、少なくとも3つの異なる方向性がある」。
 第一は、「新聞を商業ベースからNPOに変化させるというもの。このような資金集めの方法で事業を続ける道を選んだ新聞は今のところない」。
 第二は、「特定のジャーナリズムをサポートする慈善事業である。この分野で有名なのが『プロ・プブリカ』があげられる。このニュース・メディアは公益にかなう調査報道を行う独立系かつ非営利の『ニュース編集室』を自称している。昨年6月からウェブ上で記事を出版している他、ニューヨーク・タイムズ紙などと連携して記事を書いたりしている。新聞社側は、プロ・プブリカと連携することで、調査報道のコストを下げることができる」。
 第三は、「ウェブ環境に適した新しいジャーナリズムの開発に資金を提供するというもの。代表例といえるのは『センター・フォー・インディペンデント・メディア』があげられる。この機関は資金提供者70名から年間約400万ドルを受け取り、ワシントン・インディペンデントなどのニュースサイトの運営をサポートしている。同機関によると、米国の新聞の事実を物語的に伝える報道姿勢は、ウェブ上の読者が読みたいものとそぐわないとのこと。同機関が運営をサポートしているニュースサイトでは、読者間の対話が生まれるジャーナリズムを模索しているという」。
 しかし、問題は「非営利のニュースサイトは、広告収入という強力な基盤を欠くため、存続のために資金提供者に依存しなければならない他、たった一回の訴訟で、運営が行き詰まってしまいかねない」ことである。
 
 「新聞はニュースの他に、国家監視の手段を提供してきた」。新聞を『第4の権力』だということは、「新聞の時代の終焉は、私たちの政治システムの変化をも意味しているといえる」だろう。
 「新聞は行政や企業の腐敗に目を光らせる役割を手助けしてきた」わけだが、汚職時代の到来を避けたいのであれば、「新聞が持っていた力を別の手段で発揮しなければならない」だろう。
 もしくは、新聞が生まれ変われるようにするか。

「右か左か? 大統領選の鍵をも握る 米国オンライン・メディア攻防史」
町山智浩(COURRiER Japon 2009.7)

 インターネットによる報道が大きな影響力を持つようになった。
 その立役者となったのが、『ドラッジ・リポート』や『ハフィントン・ポスト』といったサイトである。

 『ドラッジ・リポート』はマット・ドラッジが98年に始めた個人サイトである。「協力者は友人1人」で、現在も2人で管理しているという。このサイトが、「月間200万人ものユニーク・アクセス数を誇っている(2008年、ニールセン調べ)」という。「広告収入は毎日3500ドル(03年、ビジネス2.0誌による)」にもなるそうで、「運営するドラッジの年収は、マイアミ・ヘラルド紙によると1億円を超える」という。
 「デザインは原始的でコンテンツは空っぽに近い(10年後も変わらない)。魅力のないフォントでニュースの見出し文字だけが並んでいて、それぞれが別の新聞や雑誌のニュースや個人のウェブ・サイトにリンクしている」というもので、「基本的にニュース・ポータルに過ぎない」。
 このサイトがヒットした背景には、「モニカ・ルインスキー事件のようなメディア内部からのタレコミによるスッパ抜きと、リンクするニュースのセレクション」があげられる。さらに、ドラッジの「民主党やリベラル派の偽善を暴くスキャンダル」を集中的に掘り起こすやり方を後押ししたのは、「中立を守ろうとする主流メディアに対して思い切り右派偏向すれば売れる時代」であったからでもある。
 「同じ頃、ケーブルTVでは、FOXニュース・チャンネルが、徹底したクリントンとリベラルへの攻撃によって保守層の人気を集め、ニュース専門局の当時の視聴率ナンバーワンだったCNNの王座を脅かしていた」。

 『ハフィントン・ポスト』はAOLの元エグゼクティブ、ケネス・レーラーが05年に立ち上げたサイトである。このサイトは、「FOXニュースやドラッジ・リポート、ラッシュ・リンボー・ショーなどの右派メディアの戦法」を盗み、「ブッシュ政権への国民への不満と怒りをすくいとった」ことで、「月450万以上のユニーク・アクセス数を記録した」。
 さらに、「ドラッジ・リポートよりもはるかにネット的に進化」したことが成功の要因である。ブログ時代に対応し、「執筆者として300人に及ぶブロガーを抱え」、「ハフィントンの社交界でのコネクションを利用して、アレック・ボールドウィンやロジー・オドネルなどのセレブや政財界、アカデミズムの大物たち」がブログを書く。しかも、それに加えて、グーグル検索で上位に来るノウハウを持っていることが大きな要因といえる。
 このハフィントン・ポストの看板、「アリアーナ・ハフィントンは石油富豪の元夫人」で、「クリントン時代には富裕層に高い税金を課す民主党を激しく批判していたが、夫がバイセクシャルだと判明して離婚してからは、分与された莫大な遺産を元手にリベラルの運動家に転じた」。

 そして、アメリカで注目されつつあるサイトが、NPR(全米公共ラジオ)のサイトである。
 「NPRは日本のNHKのような非営利団体」で、1970年に創立され、20年以上にわたり、「無表情なニュースとクラシック音楽が流れるだけの番組ばかり」であったが、「90年代終わり頃から劇的に変化」を遂げた。例えば、「リーマンが破綻すると、金融や証券の専門家たちに次々にインタビューし、破綻の理由、サブプライムやデリバティブなどの意味や危険性を素人にもわかるように簡単に、しかも15分ほどで手際よく解説させる。しかもその場でリスナーからの電話質問をどんどん受ける」という。「本は著者、映画は監督、音楽はミュージシャン自身が作品の意図を説明」するという。そうした結果、「週2,640万人のリスナーを誇る」までにもなった。
 変化を遂げた背景には、「過去の番組をポッドキャストで無料ダウンロードできる」ようにして、聴き逃すことがなくなったこと。「NPRのポッドキャストのダウンロード数は月に1,400万件」にも上るという。「利用者の平均年齢は33歳と、高齢化するニュースメディア利用者の中で圧倒的に若い」ことから、若い世代を取り込んだ。さらに、「耳の不自由な人のために全番組のトランスリプト(文字起こし)もある」という(こちらは有料)。
 そうした成功には、生活習慣が大きく反映しているかもしれない。「アメリカでは郊外に住む中産階級の通勤時間は平均して片道1時間以上だが、通勤時に新聞や雑誌は読まない」という。「なぜなら駅の雑誌スタンドはもうほとんどなくなってしまったから」だという。「それに多くの人が自動車通勤」であるからだ。「そこでサラリーマンたちはNPRを聴き始めた」という。
 そうした結果、「21世紀に入ってから、全てのテレビ、ラジオ局の視聴者数が減り続けている中でNPRだけがリスナー数を2倍に増やした」という。
 しかし、「本社サイトのポッドキャストが各ローカル局のリスナーを奪ってしまう」という問題が生じている。そのため、「人気番組はしばらくストリーミングでしか聴けないようになっている」。
 今後は、ラジオと共存する策として、「ポッドキャスト一本につき5セントか10セント課金する方法を模索中」だという。

 こうした注目サイトの成功から何か得られるヒントはないだろうか。
 マスコミ・メディアの状況は厳しい状況であるが、その中でも成果を上げているところはある。『ドラッジ・リポート』『ハフィントン・ポスト』は新しい発想を売りにした。『NPR』は悪い状況から変化を遂げた。それも大きな一歩を踏んだから成し遂げた。
 こうしたアイデアはいくらでもあるだろう。しかし、そのアイデアを生かすも殺すも、誰もが同じである。

「ネットがいくら普及してもアジアの人は新聞がお好き」
タイム(USA/COURRiER Japon 2009.7)

 新聞社にとってはアジア市場は押さえておきたい地域であると同時に、ありがたい存在である。なぜなら、「アジアは世界で最も新聞が読まれている地域である」からだ。
 「世界の有料日刊紙の発行部数ランキング上位10紙のうち、8紙はアジアの新聞」である。「中国、インド、そして日本が世界の新聞市場のほとんどを占めている」というのだ。

 そんな中、「経済成長著しいインドでは、2008年だけで新聞購読者数が1150万人も増加。インドネシアでは中流層の拡大に伴い、新聞を2紙以上購読する人が増えている」という。
 「インドのインターネットの人口はわずか1200万人だが、新聞購読者は1億8000万人にのぼる」という。

 ちなみに、「日本の読売新聞は発行部数1000万部を超える世界最大の日刊紙で、800万部の朝日新聞がその後に続いている」。

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